セキホツ熊の謎を追え!

古史古伝を片手に神社めぐり。古代人の残した偽書に基づく妄想考察。

ブログの始まりのご挨拶

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~オッサンと古文書と神社さすらいブログ~

このブログはオッサンが書いている。古文書と神社大好きなオッサンだ。

夢追いかけて人生棒に振った男の末路、気づいたら厄年のオッサンである。しぶしぶ厄払いに出かけたが、希望なんてもうないわけである。

ご祭神を前に捨て鉢な気持ちでお願いした、『日本と家族が平和ならいいです』と。いままで個人的願いを悉く却下されてきたわけだから、神様なんて信じてない。ま他力本願の怠け癖を棚に上げていうセリフでもないか…というかこの瀬織津姫って誰なんだ。

すると不思議なことに、神社大好きオッサンに変貌してしまったのだ。『神様っていいスねー』『神社いきて~』と。もはやお祓いではなく、魔改造を受けたのかもしれない(笑)。

そして取りつかれたように関東近県の神社めぐりへ出発。必要最低限の安物バイクを買って一年半で一万五千キロ、馬鹿みたいにボッチで東奔西走する。『何をやってるんだ俺は?』と自問自答を繰り返し、導かれるままに山奥の奥宮へ向かった。二年前まで神社・歴史・バイク・ハイキングなんて全く興味がなかったのに…。

浜松市・秋葉山の雲の下の風景はミニチュアであった。長野県乗鞍・梓水神社に感動した。あんな秘境に誰が作ったのか…。伊豆半島の雲見浅間神社では絶景を独り占め、海に囲まれた烏帽子岩で昼寝した。黒アゲハが神秘的だった。この世に天国はあったんだな。そしてオッサンでも、簡単に生まれ変わることができたのである(笑)。

    

宗教とかスピリチュアルとかはよくわからない。これのどこが神様の御利益なのか?と尋ねられても、証明出来るもんでもないのだろう。少なくとも厄年という転機、世間への見方が急速に変ったことは、瀬織津姫のお陰だと思っている。

それとともに全国神社の問題点も見えてきた。もともと神社とは、謎多き存在のようだ。真相もわからず何千年も『誰か』を封じたように祀っている。きっとみんな忙しさから気に留める事をしなくなったのだろう、当初の目的を失った私の人生のように…。幸い私には人生を棒に振ったからこその暇がある。帰宅後気づけば古文書を繰り返し読み、Googleマップをフル回転させ、なんとか解明できないかと思案している自分がいた。一つの神社に固執するのではなく、地域の神社を比較することによって、古代人の『当初の目的』が見えてきそうな気がした。

その研究記録を個人的に残し、伝えたいと思うようになった。格安パソコンを購入して、職場の同僚N君にブログの作り方を教わった。そしてここまで何とか見よう見まね漕ぎ着けた…。

しばらくこのブログは古史古伝の研究発表と、バイクで行く神社巡りを紹介したい。

なにぶん歴史好きになってから二年目。神社好きになってから二年目。未熟者ゆえ確証もなく云ってしまう事があるかもしれない。責任は持てない(笑)。

まあ引用には極力注意するが、あくまで妄想の一つとして読んでほしい。一人でも多くのひとが、古史古伝に興味を持ってくれれば幸いである。

 

※皆さんも忙しさで大切なものを見失わないように。

 

宜しくお願い致します。