セキホツ熊の謎を追え!

古史古伝を片手に神社めぐり。古代人の残した偽書に基づく妄想考察。

<レイラインの美学①>寒川毘古命『悲劇』のレイライン。果たして悲劇のレイラインに価値はあったのだろうか?。

 

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相模一宮・寒川神社。富士王朝系神社と思われる。


 

2019,5,12

レイラインの価値

そもそもレイラインの価値を語るには無理がある。偶然である可能性は大いにあるし…まあ神業というのであればそれはそれで面白い(笑)。

しかしホツマツタヱでは富士山~高千穂峰が『朝日と夕日を結ぶ線』としてすでに認識されていた。富士宮の千居遺跡や大鹿窪遺跡では、古代人が夏至の日の出方位に富士山を見ようとしていた痕跡がある。…一体何のために?。

宮下文書でも富士王朝とウガヤ王朝レイラインを見つけた以上、これは何かあるな?と疑うのが人情である。古代にそのような観測技術があったことがまず驚きであり、さらにそれが宮下文書謎解きの鍵であるような気もするのだ。もしこれらが古代人の残してくれた歴史的ヒントであれば、一歴史マニアとして無視していいのか?。

『木を見て森を見ず…』そんな心境になるのだ。

また昔の人々は光ファイバー網のようにレイライン上『祈り』を送信していたように思えるのだ(笑)。古代人の祈りまでもが見えてくる気がする。

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※因みに上は富士山高千穂峰レイライン、寒川レイラインと似ているが傾斜角が違うので注意。寒川レイラインは現東京都を通らない。

 

例えば寒川レイライン

まず寒川毘古命について説明しなければならない。

~宮下文書曰く~

『月夜見命』は西古農里原家司眞の里白玉池畔(場所不明)にて妃・月桜田毘女は八男と一女(?)を産む。その後、ツクヨミは小室の宮守川(山梨県大月付近?)にて四方の山々を司る。その長男・大山祇命の諱が『寒川比古命』である。

その後アマテラスが大山祇命を四方州々島々の総山守頭に任命、その弟7神と子孫48神に山々を守護させた。寒川毘古は加茂沢毘女(カモサワヒメ)を娶りイワナガヒメとコノハナサクヤを生む。ヒコホホデミの外祖父の家系である。

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〇月夜見(月峰)命と月桜田毘女の御子

・大山祇命(正哉山住命・寒川毘古・白玉毘古)

・弟山住命

・奥山住命

・倉山住命

・繁山住命

・葉山住命

・原山住命

・外山住命

・月結毘女命(栄日子の子・海守男命の妃)

一般的に『正哉』とは瀬織津姫の息子・正哉吾勝勝速日天忍穂耳尊(アメノオシホミミ)の冠称にされているが、実際は月桜田毘女の息子・正哉山住命のようだ。家系図的にすり替えられたのであろうか?私が瀬織津姫=月桜田毘女と考える理由の一つである。

宮下文書における瀬織津姫の正体②瀬織津姫の比定候補 - セキホツ熊の謎を追え!

 

寒川レイラインとは

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<補足>

・千葉県内、阿夫利大神とはオオヤマツミと考えるのが自然。

・寒川比古命とは富士王朝ツクヨミの子オオヤマツミ

・浅間神とは一般的にオオヤマツミの娘コノハナサクヤ

・牟弥乃神社の御祭神は寒川比古命、御船大神はその親神ツクヨミ妃・月桜田毘女か?

・富士王朝は南北朝時代、南朝側についた。

・千葉県千葉市中央区寒川町・寒川神社(創建不詳、文明13年1481年以前)

・神奈川県高座郡寒川町宮山・寒川神社(創建不詳、21代雄略天皇の代以前)

・三重県多気郡多気町土羽・牟弥乃神社(創建延暦23年・804年)

牟弥乃神社は中世以降所在地不明とされていたが明治4年に御船神社に同座。

これは御祭神・寒川比古命に共通点がある。

 

寒川毘古家族の『悲劇』からの考察。 

ではオオヤマツミに何があったのか?。

~宮下文書曰く~

大陸人襲来『外寇親王の役』の為ニニギとコノハナサクヤは富士王朝から九州~四国守備へ。幼い娘コノハナサクヤが心配であったオオヤマツミとカモサワヒメは後を追う。しかし富士王朝から三嶋大社付近でカモサワヒメが病死?する。オオヤマツミ単身で四国伊予まで出向くも、妻カモサワヒメを失ったショックで衰弱死する。

両親を失った挙句、ニニギに不倫妊娠を疑われたコノハナサクヤは富士山に帰郷し投身自殺した。そもそも『木の花』とは少女神の意味で、コノハナサクヤはまだ10歳くらい?の少女であったようだ。その責を感じニニギまでも衰弱死、さらにニニギへの責を感じカモサワヒメの父コトシロヌシと母タカテルヒメまで後追い自殺する。これが後の三嶋大社の正体である。

一般的には天孫降臨の国造の英雄として語り継がれるニニギ。悲しい結末であった…。

コノハナサクヤ自殺のタイミングで富士山が噴火、溶岩『神代満流尾』の熱泥で愛鷹山と神座峠(神山峠)との間は平地と化した。地理的に考えれば、下図のように愛鷹山が防波堤となり現在の静岡県裾野市岩波を東側迂回した。溶岩流は母・カモサワヒメ『別雷命』の墓標・三嶋大社寸前で流れ止まり、まるで母を慕う娘のようだったと…。

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三嶋大社近くにある伊豆国三宮『浅間神社』、通称『岩留浅間』。社伝によると一万四千年前の富士山噴火の際、ここで溶岩流が止まったという。境内には溶岩流の『赤ちゃん』と呼ばれる縄状溶岩があるという。

地質学的にもボーリング調査されており、愛鷹山を迂回した『三島溶岩』は一万年以上前となる。そしてオオヤマツミ妃の墓標である三嶋大社や愛鷹山の近辺を通るのも興味深い。寒川レイラインは富士山溶岩流を堰き止めた愛鷹山を基準にしたとも思え、それが後の愛鷹山信仰になった可能性もある。

…しかしコノハナサクヤやカモサワヒメが死んだのが一万年前ということになるのか???。富士山周辺の千居遺跡や大鹿窪遺跡などの年代を考えると宮下文書の『神代』とは一万年くらいが妥当ではないだろうかともおもえる(妄想)。

 

 

寒川レイラインとはこれら寒川毘古親族の悲劇を象徴しているのだ。しかしこのレイラインが『偶然』という人は高確率で無知な人だろう(笑)。オオヤマツミが『寒川比古命』名義で祀られていること自体が極めて珍しく、それらが点と線で結ばれているわけだ。これらの神社は富士王朝を尊ぶ信仰とみるべきだ。

確率論や状況証拠的に見れば、やはり偶然とは思えない。

 

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 ※地図はクラフトマップ使用。

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