セキホツ熊の謎を追え!

古史古伝を片手に神社めぐり。古代人の残した偽書に基づく妄想考察。

<レイラインの美学②>変遷していた富士山高千穂峰『日の出レイライン』。ヒントはやはり小野神社ポイントにあった。

f:id:sekihotu:20190506192358p:plain

日本の根幹レイラインは変遷していた。

 

聖蹟桜ヶ丘・武蔵一宮小野神社の謎①ほのかに感じる桜の女神ホノコ様と春日族たち。 - セキホツ熊の謎を追え!

春日蘇我氏族が武蔵国で大繁栄、藤原氏への復讐を果す。ウワハルとシタハルの正体。 - セキホツ熊の謎を追え!

偽書のススメ: 富士王朝とウガヤ王朝の関係、レイラインが繋ぐ歴史の真実。 - セキホツ熊の謎を追え!

2019,5,13

 

日の出レイラインの変遷の姿、それは政治的理由。

日本の枢軸の富士山高千穂峰レイライン。

簡単に言えば富士山を通過する夏至朝日の方位線である。しかし上図を見てほしい。最近私は、日の出レイラインは変遷してきたのではないかと思うようになって来た…。時代とともにウガヤ王朝や富士王朝は存在感を無くし、本来の重要要素であった『夏至の方角』『富士山の位置』は完全に無視されてきたわけだ。最終的に平安期に出来たのが有名な鹿島神宮高千穂峰レイラインではないかと…。宮下文書に記載されている5000年近い歴史の中で、夏至の日の出の方角がコロコロ変わるとも思えない。これらの変遷理由はやはり政治的なものであろう。そして歴史の勝者である藤原氏は、富士山高千穂峰レイラインを鹿島神宮高千穂峰レイラインにすり替えて旧レイラインをあえて隠したのではないかと。

 

※因みに鹿島高千穂レイラインは二つあるので注意。スタートは同じでもゴールが違う、宮崎県高千穂『峰』と『峡』がある。いずれにせよ富士山高千穂峰レイラインを模した後付けのレイラインと思われる。

〇鹿島神宮~富士山本宮浅間大社~伊勢神宮~高千穂峰

◇鹿島神宮~富士山~高千穂峡

 

利害を超えたレイライン論が必要となる。

以前にも書いたあくまで私の憶測なのだが…。そもそもレイラインというのは露出を避けなければいけない性質のものではなかろうか。平将門?の乱のようにレイラインをクーデターに転用しようと企む者もいたのかもしれない…。あるいはレイラインをエネルギー資源だと考えれば解りやすいか…それを奪い合っていた歴史があったかもしれないのだ。現に征夷大将軍や東征者たちの痕跡が日の出レイライン上には残っている。

地図上確認すればわかることだが、今現在もこれらレイライン上には様々な新興宗教の集会場がある。ic uもある。つまり現在進行形でこのレイラインの恩恵を受けている人がおり利害関係が発生しているのだ。己が信仰上の秘密を守りたい人もいるし、レイラインを悪用し利益を独占したい人もいるのだろう。

まあ伏せられている理由はともかく、皆さんも一度でいいので地図上なにがあるのか確認してほしい。地図は嘘を付かないし、ありのままである。

さてご存知の方も多いかもしれない、科学誌ネイチャーによると2018年急速に夏至日の出の方角が45度も北上していたという。私自身が朝日を追って体感してきたことだが、これも何故かマスコミが報じない。やはり様々な利害関係が発生しているのであろう。もしこのポールシフトのニュースが真実で、地図上富士山に宛がうと…45度北側プラスとは北海道大雪山系方面?からの日の出となる。いままでの日の出レイラインの意味合いも変わるのではないかと。

そして…もし仮に神さまがいたとしたら???。神さまは恩恵を独占しているごく一部の人々を避けて夏至線自体を変えてしまったのかもしれない(笑)。自然は特定の人々のものではなく、みんなのものである。

式内社論社・小野神社(府中市)

では具体的にどんなところにレイライン変遷の影響が現れているのか。

武蔵国小野神社は実は多摩市と府中市ふたつある。 府中市内の式内社論社『小野神社』、御祭神は天下春命と瀬織津姫である。Wikipediaによるとこれも多摩川の氾濫により移転されたものと推定されており、多摩市と府中市どちらかが本社でどちらかが分祠という。しかし武蔵総社・大國魂神社が一宮認定しているのは多摩市の『小野神社』である。

f:id:sekihotu:20190506184050j:plain

加えて水神の特性上、多摩川両岸に神社を残したものと推測されている。では何を基準にした対岸なのか?。私自身、府中市の小野神社の役割が謎であった。富士山高千穂峰レイラインを基準とする多摩市小野神社が存在する一方、府中市小野神社も何かしらの基準があると踏んでいたが…。

これはまだ調査中だが…前述とおり日の出レイラインは時代とともに変遷してきたのではないかと。移転した小野神社(府中市)はその名残りではないかと。

 

図①上から日の出レイラインの変遷順に

①富士山高千穂峰レイライン

②富士山鳥見山レイライン

③富士山二見浦レイライン

④鹿島高千穂峰レイライン

f:id:sekihotu:20190506192358p:plain

図②小野神社周辺図

f:id:sekihotu:20190506174145p:plain

図②小野神社周辺図を説明すると、東京都瑞穂町箱根ヶ崎『狭山神社』由緒では源義家が東征中に箱根権現の霊夢をみたという。祭神『箱根大神』は国常立尊かアメノオシホミミかニニギと思われる。三嶋神オオヤマツミと伊豆大神イワナガヒメもしっかり祀られている。そして神奈川県川崎市『月読神社』への立川断層レイラインが小野神社付近でクロスする。上略図には記載されていないが、レイライン上には東京都多摩市小野神社近くに『九頭竜神社』が存在する。

前述のとおり便宜上や富士王朝隠蔽など、変遷理由はそれぞれであろう。この4つのレイラインに絡んで、各時代の東征者の日本武尊・田村麻呂・源義家・源頼朝・徳川家康(大国魂神社東照宮)の痕跡がある。

 

<宮下文書による裏付け>

宮下文書によると神武天皇時代、『鳥見山に天つ神大御神の遥拝所を建てさせられた』とのこと。鳥見山にて毎月一日と十五日に高天原(富士山)に向かい礼拝した。この習慣、毎月一日と十五日の神社参拝は現代社会でも残っている。

7代孝霊天皇の代には遥拝所機能を伊勢国『二見ケ浦』に移動している。11代垂仁天皇の代、天照皇太神宮そのものを大和国から伊瀬(伊勢)国に遷宮、皇女倭姫命を宮守・祭祀司長に任じた。そして作田毘古命(サルタヒコ)67世孫の舟田彦命が供物司長となる。これが山田氏であり後の松木氏である。

 

 

www.sekihotu.com

 

 

www.sekihotu.com