セキホツ熊の謎を追え!

古史古伝を片手に神社めぐり。古代人の残した偽書に基づく妄想考察。

<神社めぐり>伊豆山神社①、封印された古代女神信仰イワナガヒメと伊豆山神社のナゾをおえ!

 

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静岡県熱海市伊豆山『伊豆山神社』、日本史がひっくり返る秘密が眠っていた。

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※地図は静岡県熱海市周辺

2019,8,4

<まとめ+追記>八幡神と比売大神イトウの正体わかった!宇佐神宮・伊豆山神社・天孫降臨・八王子権現のまとめ。 - セキホツ熊の謎を追え!

夏休み特別企画、ふういんされたいわながひめのなぞをおえ!

今年もまた夏休みを利用して、大人の伊豆山研究をしたいと思う。

伊豆山神社は、日本の神社の中でもかなり古い歴史を持っている。おそらくは西の宇佐神宮に匹敵…あるいはそれ以上であろう。しかし東国の歴史が隠蔽されてしまった今となっては、知名度はない。熱海市内で言っても、おしゃれな観光地『来宮神社』のほうが有名だったりする。そこで今回は夏休みということもあって、丸一日かけて伊豆山神社満喫できる方法を紹介してみようと思う。

 

『伊豆』とは何か。まずは前記事のおさらいになるが…。

△宮下文書によるとクニトコタチとクニサツチ兄弟が、日本列島を東西南北の分割統治することになった。そして富士山高天原から兄弟別れた場所が、『伊須礼伊出佐良場(イスレイデサラバ)』…これを後世に伊豆と呼んだ。

クニトコタチ曾孫のアメノオシホミミと、スサノオの娘タクハタチヂヒメが結婚し、八王子が生まれた。ニニギ弟であるタマオヤ(アメノタマオヤ)が、オオヤマツミの長女イワナガヒメを娶り、熱海日金山に住居を構えた。

イワナガヒメは日金山で亡くなり、『伊豆大神』として祀られ、タマノオヤは息子ウサミと家臣イシコリドメを連れて西征、宮下文書版『天孫降臨』に旅立つ。

▼ホツマツタヱでは、伊豆﨑(伊豆山?)の仮宮にて、ニニギがイワナガヒメとコノハナサクヤを天秤にかけ、コノハナサクヤを娶る。父アメノオシホミミが箱根で神上がり(神になるための自殺)、それを伊豆﨑でニニギが見届け、国土開発『天孫降臨』の旅に出る。

二つの文献どちらも、伊豆が『天孫降臨』の出発の地となるわけだ。

前記事でも述べたが、伊豆山の本懐は伊豆大神イワナガヒメではないかと見ている。比売大神イトウ=伊豆大神イワナガヒメ、これが宇佐神宮での本懐でもあり、後世の八幡信仰へと変貌していくのだ。

 

〇伊豆山神社(静岡県熱海市伊豆山)

~御祭神~

・アメノオシホミミ(正哉勝勝速日天忍穂耳尊)

・タクハタチヂヒメ(𣑥幡千千姫尊)

・ニニギ(瓊瓊杵尊)

~境内社・境外社~

・走湯神社、アメノオシホミミ(本来伊豆山とは別信仰?)

・雷電社、雷電童子ニニギ(伊豆大神荒魂)

・結明神、日精月精

・白山神社、キクリヒメ(伊豆大神奇魂)

※創建・5代孝昭天皇の代

 

近年2014年前後に、御祭神が変更されている。

変更前の伊豆山神社御祭神は

ホムスビ・イザナギ・イザナミ

雷電社・火牟須比(ホムスビ)荒魂

 

伊豆山神社の歴史は、日金山付近→本宮社付近→現在地へと遷座を繰り返している。5代孝昭天皇の代に創建、16代仁徳天皇の代に日金山にて神鏡を祀る。その後、本宮社近く牟須比峯(現在の七尾あたり)に遷座。承和3年(836年)に現在地へ遷座し、『伊豆権現』『走湯権現』を称す。

その後歴代天皇の勅願所として、歴代東征者の必勝祈願を請け、鎌倉時代には『関八州総鎮護』とも称される。かつては役小角や空海らの介入もあり、修験道による神仏習合の名残りが残る。

また近年調査によって、熱海沖に海底遺跡があることが確認されている。鎌倉幕府の軍港という説が有力だが、神社や祠や参道などもあるという。鎌倉幕府は元寇に備えて大きな海軍を保持しており、その拠点が熱海であった。

宮下文書では、渡来人襲来に備えていたのが『祖古都八ッ幡(宇佐神宮)』というワダツミ系統の海軍拠点である。ワダツミ系の宇都志日金折が安曇氏祖であり、熱海にも関係していると考えると、熱海と宇佐の軍港としての共通点も見えてくる。安曇氏=アタ族=熱海祖ならば、熱海を軍港にしたのはワダツミ系の蓄積されたノウハウかもしれない。

三嶋大社周辺、静岡県田方郡函南町大土肥には雷電神社があり、伊豆山の摂社雷電社の『雷電権現』の勧請である(1611年)。厳密にいうと函南雷電神社は火牟須比神、現在の伊豆山雷電社は火牟須比荒魂→ニニギに変更(2014年前後)と祭神変更している。そしてこの函南の『大土肥(おおどい)』という地名は、熱海峠の入り口として伊豆山壱鳥居『おおとりい』があった名残という。つまり三嶋大社~熱海峠~来宮神社~伊豆山に至るまでの広範囲が、巨大霊場として認識されていた時代があったことになる。

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 ※写真は、静岡県田方郡函南町大土肥の雷電神社


 前述どおり、延喜式神名帳・伊豆国『火牟須比命神社』論社として最近までホムスビを祀っていたようだ。

摂社に結(ムスブ)明神がある。

本宮周辺を牟須比(ムスビ)峯という。

…このムスビとは一体なんなのだろうか?

 

伊豆山神社案内、走り湯~伊豆山神社本殿まで

熱海駅から伊豆東海バスにて、七尾原循環『伊豆山神社前』バス停に向かうのがデフォルトである。しかし伊豆山を満喫したいのなら『逢初橋』バス停までバスで行き、境外社の走湯神社をまず参拝した方がよいと思う…。まあ逢初橋は駅から歩ける距離だが、伊豆山神社~本宮社を登るのに体力を温存したい方、高齢の方はバスや車を推奨する…。

境内の駐車スペースは割とあるが、正月や夏休みはすぐに満車となる。国道135号は渋滞で有名、路駐などできるハズもないので、公共機関を利用したほうが無難かな…。

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ポイント①走湯神社

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境外社・走湯神社はアメノオシホミミが祀られている。

熱海温泉の源泉の神様である。神奈川県三浦半島にある金田『走湯神社』は、平安時代の寛政元年(1087)この伊豆山走湯から勧請された。走湯神社は修験道の僧が広めたらしく、静岡県浜松市東区、静岡県下田市大賀茂(伊豆半島南部)、山梨県笛吹市と山梨市などにもある。Wikipediaによると、現在祀られている『走湯神社』は、本来伊豆山のアメノオシホミミとは別の信仰だという。

宮下文書においてアメノオシホミミは、クニトコタチの曾孫、トヨクムヌの孫。生まれた時点で両親マゴコロタケルとマツシマヒメは他界しており、家系的に短命のイメージが拭えない。孤児となってしまった彼は、アマテラスの未婚養子にされ、その後改めて『日嗣』となる。

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走湯神社下には役小角所縁の横穴式源泉があり、日本三大古泉とされる。大自然の恩恵を肌で感じることができるのだが、メガネは外したほうがよい(笑)。

走湯神社から、階段837を本殿方面に上り173段目、国道135号下辺りホテルの谷間に伊豆山浜公園がある。ここはかつて伊豆山『下宮』が置かれたところで、現在も4月の祭事『下宮祭』特設舞台となり、子供たちが舞いを披露する。そう言われて見れば御神木のような立派な木もあり、拝殿跡のような石跡もある。太平洋上に初島も見渡せるロケーションである。

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ポイント②逢初橋

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順番が前後するが、国道135号バス停付近に朱色の橋がかかっており、ここがバス停『逢初橋』。

初島にある初木神社碑文などによると、5代孝昭天皇の時代、日向から東国に祖先を探し求めてやって来た『初木姫』漂流してくる。初木姫は出自不明だが、船で西国からやってきて伊豆沖で一人遭難したという。

日向の何処から来たのだろうか…?、もし仮に伊豆大神イワナガヒメやウサミの子孫だとすると、初木姫は宇佐からやって来た可能性も出てくる。またウサミの子クマノクスヒコの子孫の可能性もある。前記事にも述べたとおり来宮神社や来宮信仰はかつて『木宮』と称していて、紀の国『紀の宮』を意味していた。『木』となにか関係がありそうな…(妄想)。

初木姫はまず、伊豆山沖合いにある『初島』に漂着したという。そこで焚き火を使って、対岸の伊豆山神社に自らの所在を知らせた。焚き火を察知した伊豆山小波戸崎の『伊豆山彦』が焚き火を着けて呼応、その焚き火を頼りに初木姫は萩で小舟を作り、伊豆山にたどり着いたという。こうして二人は、この逢初橋の袂ではじめて出会う。初木姫が伊豆山に登ると、『木』の中から日精と月精という二人の子供を発見、彼らを育て上げると、日精月精は結ばれ『伊豆権現氏人之祖』となったという。さらに二人は富士山にて結ばれ神上がる、これが境内社『結明神』の由緒である。

伊豆山本殿から走湯神社まで続く階段参道は、遥か初島を向いている。地図上では、伊豆山港から初島は南西10キロの距離、焚火を付ければ光が届きそうな距離だ。現在も初島には伊豆山境外社『初木神社』があり、『イワクラ』とよばれる霊場となっている。

因みに宮下文書ではこの時代、国賊の残党『大軍を催して、東海の国々に乱入した』とある。5代孝昭天皇が自ら出向き、15年かけ平定したという。

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伊豆山拝殿まで800段以上の階段(笑)。

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これぞ熱海の街並み。

 

ポイント③足立社『あしだてさん』

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『伊豆山神社』バス停周辺から再び大階段をのぼり、登りきる手前の右手に、役小角像を祀る『あしだてさん』がある。役小角はホツマツタヱを伝承していたという大国主子孫、三輪氏族の血をひく。宮下文書にもごく僅かに登場しており、富士山周辺広範囲に彼の活動痕跡が点在している。例えば、静岡県御殿場市の青龍寺は役小角所縁の地、近くには瀬織津姫の祀られている美乃和神社がある。六甲山のように、役小角と瀬織津姫は切り離せない存在なのだろうか?。

世間的に伊豆という地は『流刑地』の様に認識されているが、役小角や空海らにとってはむしろ、憧れの霊場であったのではないだろうか…?。

 

ポイント④結明神

足立社の西向いにある。日精は姉で月精が弟、当初アマテラスとツクヨミかなと思ったのだが…、現在はイワナガヒメとタマノオヤのような気もするのだ(妄想)。イワナガヒメはツクヨミの孫でありコノハナサクヤの姉、タマノオヤはアマテラスの義孫でニニギの弟。結明神は初木姫が育てた日精と月精を祀り、後世平安後期には、源頼朝と北条政子の恋愛の神様として知られるようになる。

個人的には自身の幸福よりも、日精月精が結ばれることを祈って欲しいものだ、私は単刀直入にタマノオヤとイワナガヒメが再び結ばれますようにとお願いしている(笑)。後述するが、本宮社近くに結明神本社があるのでご注意を…。

 

ポイント⑤手水舎の紅白龍

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伊豆山の伝承による、と赤い龍脈と白い龍脈が箱根から地下で繋がっているという。走湯山縁起によると『伊豆山の地底に赤白二龍和合して臥す。その尾を箱根の芦ノ湖につけ、その頭は伊豆山地底に在り、温泉の沸く所(走り湯)はこの龍の両目二耳並びに鼻穴口中なり』という。

箱根神社と言えば、ニニギとコノハナサクヤとヒコホホデミの三親子神。宮下文書においてニニギはタマノオヤらの八王子兄神であり、共通の親神がアメノオシホミミとタクハタチヂヒメいうことになる。

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ポイント⑥雷電社(若宮)

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…若宮様の御鎮座姿!?『わかみや』って三嶋大社の第一摂社『若宮神社』ではないのか?

つい最近まで、ホムスビ荒魂が祀られていた神社、現在は『伊豆大神・荒魂』として雷電童子ニニギが祀られている。前述したが、この雷電社を勧請したのが函南・雷電神社である(現在も函南の雷電社はホムスビのまま)。吾妻鏡では『光の宮』と称されて、歴代将軍や東征者が崇敬してきた。

個人的には由緒書が気になる…。伊豆国で『若宮』といえば、三嶋大社第一摂社『若宮神社』のことだ。祀られているのは四柱、物忌奈乃命・八幡神(応神天皇)・神功皇后・比売大神であり、八幡信仰と認識することができる。若宮神社では比売大神は何故か『妃大神』と表記する。

これはもしかしたら全国的に仁徳天皇を祀る、『若宮八幡』と関係があるのか?。この雷電社…若宮社…私にはニニギの弟・タマノオヤの気配がするのだ。

 

 

ポイント⑦本殿

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伊豆国・火牟須比(ホムスビ)神社論社であり、つい最近までホムスビ・イザナギ・イザナミを祀っていたという。本宮社付近を牟須比(ムスビ)峯といい、摂社・結明神(ムスビミョウジン)となにか関係がありそうだ。

現在はアメノオシホミミとタクハタチヂヒメが祀られている。アメノオシホミミもタクハタチヂヒメも、歴史上かなり改竄を繰り返されてきた神で、二柱夫婦で本殿に仲良く祀られている神社は意外と少ない(大阪府・泉穴師神社や、戸隠神社・火之御子社など)。

ホツマツタヱにおいて、アメノオシホミミは瀬織津姫の息子とされる。宮下文書でタクハタチヂヒメはスサノオの息子である。記紀とはかなり違う家系図知識が必要となるので注意。

 

その他、気になる点

前述した通り、ホツマツタヱにおいてアメノオシホミミは箱根峠に祀られ、タクハタチヂヒメは鈴鹿峠に祀られる。この2つを結ぶレイラインは、兵庫県西宮市『廣田神社』付近を通る。六甲山麓の廣田神社は瀬織津姫が死後祀られた土地であり、伊豆山足立社の役小角が激しく感化された土地である。一方の瀬織津姫は東北遠野では伊豆権現=瀬織津姫という伝承が残されているので、なにか伊豆山と関係がありそうな気がしてならない…。もし仮に…伊豆山に瀬織津姫が祀られていた時代があるとすれば、役小角がもたらしたのではないだろうか…(調査中)。

 

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また伊豆国一宮(総社)の三嶋大社第一摂社『若宮神社』に、『八幡神』と『妃大神』が祀られている理由も妄想できる。妃大神=比売大神、やはりオリジナル八幡神タマノオヤの妃と見るべきなのだろう。

茨城県つくば市にある『八巻神社』も興味深い。御祭神は不詳だが、伊豆権現とみられる。八幡太郎義家(源義家)が東征の折、軍兵らが病気でかかり苦しんでいたので伊豆山神社を勧請したといわれる。東征祈願の験担ぎにも『伊豆』に因んで、『小豆』を食するのをやめたそうだ。私が参拝当時は、『伊豆山といえば…アメノオシホミミ?、なんでこんなところに?』と困惑していたわけだが(笑)。…いま思えばこれは、イワナガヒメ或いはタマノオヤによる八幡系信仰だったのかな?と思うのだ。

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 ※写真は茨城県つくば市八巻神社

 

個人的には伊豆山神社の初参拝が、2016年夏ころ…かれこれ三年前、初めて来たときは単なる熱海パワースポット観光であった。この頃の私はホツマツタヱにハマっており、ネットで伊豆大神=瀬織津姫との情報を得て伊豆山に迷い込んだ。

…おそらくは、伊豆山に瀬織津姫を祀っていた時代もあったのだろうと思う、…しかしそれはイワナガヒメを隠蔽するのが主目的だとみる。いまも伊豆山のどこかに、イワナガヒメが隠されているように思えてならないのだ。

次回は白山社~本宮~岩戸山~日金山~十国峠へ。イワナガヒメを探す旅②つづく。

<神社めぐり>伊豆山神社②、子恋の森を抜けて『黄泉の国』日金山を目指す。白山権現=岩殿観音=十一面観音のナゾ。 - セキホツ熊の謎を追え!

 

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地図はクラフトマップ使用。

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