セキホツ熊の謎を追え!

古史古伝を片手に神社めぐり。古代人の残した偽書に基づく妄想考察。

〈伊勢国巡り〉御船・牟弥乃・蚊野・狭田国生神社と800年延暦噴火以降の水神祭祀。

三重県多気郡多気町土羽『御船神社・牟弥乃神社』



2023,9,23

伊勢参りしてきました(´(ェ)`)。

 

伊勢神宮については、あらためて神社巡り記事として特集したいと思ってます。今回は先行して、以前から当ブログお馴染みの、伊勢神宮別宮摂社末社125社のなかでもさらに下位、御船神社・牟弥乃神社・蚊野神社についてご紹介を。

なんで伊勢まで行ってまず摂社末社なんだ?、さらになんで下位?、いくらなんでもこの人マニアックすぎる…、コワイといわれそうだが(苦笑)。

 

前記事からお伝えしてきたように、この神社は富士朝解明のヒントが隠されていそうなのだ。当ブログではお馴染みの瀬織津姫命や賀茂別雷命(宮下文書版カモサワヒメ)にも関係がありそう。

コワくないよ(´(ェ)`)

 

~目次~

 

〈ヤッホー〉熊オッサン富士山登頂に成功!、日月の関係とはドラゴンヘッド移動日だった?。 - セキホツ熊の謎を追え!







御船神社・牟弥乃神社・蚊野神社とは?

 

御船神社・牟弥乃神社は二社同座なので、お社は一つ。摂社末社125社のうち序列としては下位だが、一応は外城田川の水神『大神』が祀られているとされる。1キロ西南にある蚊野神社にも触れる。



◯『御船神社・牟弥乃神社』(三重県多気郡多気町土羽字南出)

〜二社同座〜

  • 御船神社:大神御蔭川神(内宮の摂社27社のうち第24位)
  • 牟弥乃神社:寒川比古命・寒川比女命(内宮の末社16社のうち第15位)

 

『御船神社』は延期式内社・大神乃御船神社比定。垂仁天皇時代の斎王である倭姫命が、外城田川を船で巡ったときに定められた。川を遡るにあたり、これ以上はのぼれないと判断し停泊させたという。これが転じて現在の地名が土羽=止場(とば)となった。

御祭神の大神御蔭川神は、外城田川の開拓神で、水上交通の守護大神。神名の『みかげ』には恩恵(=おかげ)の意味があるという。その他にも大神乃御船神・天鳥船神・鳥石楠船神など諸説あるとされる。

 

 

三重県度会郡玉城町『蚊野神社・蚊野御前神社』



ここから1キロ西南にある正式名称『蚊野神社・蚊野御前神社』でも、大神御蔭川神を祀っている。ただし注目すべきは…、『神名帳考証』によると御祭神を瀬織津姫命との解釈が入る。wikipedia蚊野神社によると、『川に臨んで罪を祓い清浄に至るのは天照大神の御霊』と解釈され、伊勢神宮アマテラス荒魂を彷彿とさせる。つまり蚊野神社と同神であれば、御船神社側の御祭神だって瀬織津姫命ではないのか?という図式となる。

  • 御船神社も蚊野神社も、大神御蔭川神
  • 瀬織津姫≒蚊野神社???(´(ェ)`)

すると…武蔵一宮小野神社から小野大神3社や、富士宮白糸の滝の熊野神社に瀬織津姫命が祀られているのを総合してみると。富士山高千穂峰レイラインは結果的に、瀬織津姫の神社が集中しているレイラインとも解釈できそうなのだ。



『牟弥乃(むみの)神社』も倭姫命が同時代定めたもので、伊勢神宮創建時代には存在したことになる。まだ寒く、その川の水も冷たかったので『寒川』と名付けた。その後、一時的に所在地が分からなくなっていたために、現在の御船神社に二社同座(御船神社と一緒のお社)とされる。これが奇しくも…記録として確認されるのは、平安時代延暦噴火混乱期の804年(延暦23年)以降のこととなる。

注目すべきは、外城田川がかつて『寒川』という異名を持っていたこと。御祭神の寒川比古命・寒川比女命も外城田川の守護神とされ、大水上命の御子と解釈される。香川県三豊市高瀬町羽方『大水上神社』wikipediaによると、大水上大明神=オオヤマツミ、または罔象女命や三嶋龍王という異説もある。

 



当ブログの読者さんならもうお察しだろう…。宮下文書における『寒川』は聖なる特別な意味を持つ。

◯寒川大神=富士朝統治者クニサツチ夫妻

▲寒川毘古命=オオヤマツミ(クニサツチ曾孫)

▲寒川毘女命=カモサワヒメ(クニサツチ曾孫)

※加茂澤毘女命=別雷命=三嶋神のことで、山城一宮・賀茂別雷神社の主祭神であり、コノハナサクヤとイワナガヒメの母神にあたる。オオヤマツミとカモサワヒメは、どうやら初代統治者クニサツチ曾孫同士の婚姻のために『寒川』と称して祝福したと思われる。宮下文書目線から言わせて頂ければ、当時の審神者や神道関係者がこれを知らないで寒川を名付けるのはちょっとおかしい…。

さらに言えば、宮下文書版オオヤマツミの親神とは、ツクヨミと月桜田毘女命となる。イワナガヒメとコノハナサクヤヒメの祖父母。個人的には、この月桜田毘女命の一部が、宮下文書には見られない瀬織津姫やオオゲツヒメとして祀られているのではないか?とも見ている(地域によって、全てとはいわないが…)。

※宮下文書におけるツクヨミとは、月夜見命=月峰命=大月留男命、オオゲツ≒大月???。

※因みに相模一宮寒川神社はとまた別のレイラインを形成している。





 

御船・牟弥乃神社の上空に御光差す、因みに左隣の草むらの土手が『外城田川』。

 

 

秋晴れのなか、広大でのどかな田園風景、熊みたいなオッサンが自転車をひたすらシャカシャカ漕いでいた。内宮から自転車でまっすぐ18km1時間30分ほどの行程だが、実際にはアチラコチラ神社巡りをしているので内宮から2時間30ほどかかっている。

知らず知らずのうちに寒川(外城田川)沿いをずーっと走っていたようだ。でも現地では、小舟が通れそうな川なんて記憶になかった…。そう言われてみれば用水路みたいな川があったなと…。地図上で確認するとやっぱり寒川でしたm(_ _)m。

昔はもっと倭姫の船が通れるかくらいの水量とか川幅があったのだろう、今となっては区画整理などで、その面影すらないようだ。

(´(ェ)`)



 

画像加工なし、光と影のコントラストが美しい神社だった。

 

丸っこい常世灯が目印、『御船神社・牟弥乃神社』の入り口

 




 

狭田国生神社とサクナダリの関係?、瀬織津姫か?。



同じ外城田川の水神とされるのが、内宮摂社27位中で26位の狭田国生(さたくなり)神社の速川比古命夫妻だ。神社は、JR田丸駅近くの住宅密集地にあるポツンとある異世界、30メートル四方の密林区画にある。この小さい結界かビオトープのような空間を、クロアゲハが縦横無尽に飛び回っていた。

御祭神の速川比古命と速川比女命はどなたなのだろうか?。近くにある延喜式伊勢国度會郡五十八座のうち、『棒原神社』の天須婆留女命御魂(あめのすばるのみことのみたま)の御子とされる。やっぱり宇宙的存在なのか!?。

スバル=昴?とても興味深い御名だが、六連星・プレアデス星団の意味?。



◯『狭田国生神社』(三重県度会郡玉城町田丸)

 

〜御祭神〜

  • 速川比古命
  • 速川比女命

 

 

速川や早川は、よく水神祭祀に登場するキーワードとなる。大祓詞によると『速川の瀬に坐す瀬織津比咩命と云う神…』といわれる祓戸四柱の記載が有名。

・宮崎県西都市南方鳥巣『速川神社』には、瀬織津姫命を始めとする祓戸四柱が祀られる。また神奈川県足柄下郡箱根町塔之澤『深沢銭洗弁財天』も箱根を貫く早川沿いにあり、瀬織津姫命を祀る。この二社の共通点は、何故か玉子を拝むこと。

・静岡県静岡市清水区折戸『瀬織戸神社』は、白玉石?白玉砂利?を奉納する伝統がある。

・富士山高千穂峰レイライン上にある、瀬織津姫を祀る東京都多摩市一ノ宮『小野神社』。キーワードは『たま』『玉』『魂』『多摩』?…。

 

そもそも『サタクナリ』とは、『サクラタニ』『サクナダリ』を連想させるのは熊オッサンだけだろうか…?。サクナダリも不明な点が多い。前記事でも御紹介したが、ホツマツタヱ6文『サクナダリ』とは、宮廷の男神アマテラスが瀬織津姫命を迎え入れるために、宮の階段を慌てて下った現象をさす。転じて…、男神太陽神アマテラスと水神アマテラス荒魂の瀬織津姫命のコンビネーションが、何かしらあるのだろうかと想像したわけだ…。

 

 

このような複雑な事情もあり、御船神社・牟弥乃神社・蚊野神社・速川神社の御祭神特定は、残念ながら不可能なのかなと…。ただし、富士山高千穂峰レイラインとはドンピシャの位置にあり、おまけに800年延暦噴火以降の水神鎮火祭にも関係がありそう…。祭神名を隠さなければならない理由を考えても富士朝神。なかでもツクヨミ・オオヤマツミ関係神と見るのが妥当かなと…。

 

 

三重県度会郡玉城町田丸『狭田国生(さたくなり)神社』入り口。
小規模密林地帯の異世界、すぐ外は住宅街。

 

 

 

 

 

このポイントに伊豆+月を祀る理由。斎王と『斎(いつき)』とは。

 

 

斎王とは。

歴代天皇の代わりに、伊勢国伊勢神宮と山城国賀茂神社に巫女として仕えた皇族女性。奇しくもこの制度は、南北朝時代96代後醍醐天皇14世紀ころまで続いていた。因みに、富士朝が足利将軍家に陥落させられたのが室町期1404年2月2日である。

三重県多気郡明和町『斎宮(いつきのみや)跡』は祓川沿いにあり、歴代斎王の執務拠点とされる。周辺には祓戸跡もある。何故彼女たちが、これだけ富士朝水神女神を特別視したのかといえば、火神と富士山、富士朝鎮魂祭祀と考えるのが自然であろう。そう考えると、このポイントに瀬織津姫やカモサワヒメが祀られているのかも見えてくるのだ。

 

 

~伊豆神+月神≒斎(いつき)、宗像三女神や祓戸四柱の原型か?~

  • 月桜田毘女命≒瀬織津姫命≒湍津姫命?
  • 加茂澤毘女命≒速開都姫命≒田心姫命?
  • 岩長毘女命≒速佐須良姫命≒市杵島姫命?

※前記事参照の事。当ブログでは何度もご紹介しているが、宮下文書には宗像三女神や祓戸四柱は登場しない。富士朝水神女神らの信仰をベースとして、12代景行天皇時代前後(ホツマツタヱ以降か)に登場した比較的新しい神々とみている。

※※瀬織津姫≒宗像三女神タギツヒメではないか?と推測したが、ミカサフミ散逸文に『サクラタニ タキツセノメワ』との記述があるらしい。

 

 

 

 

それにしてもなぜ伊勢から瀬織津姫の名が消されてしまったのだろうか?。wikipedia荒祭宮によれば、伊勢内宮・荒祭宮の御祭神は瀬織津姫であったという説もある。

上記のように、女神アマテラスや月桜田毘女命ら富士朝女神を内包させつつ、新時代の新しい神道を習合させている特殊な女神なのではないかと見ている。習合もあるとおもうので一概には言えないが…。『消された女神』というよりは…、御神霊の一つの側面とも言えそうだ。

ただ、伊勢国でも富士山祭祀を強烈に意識しており、富士朝色が強いのは明白といえる。これらルーツを誤魔化したいがために、他地域に類を見ない複雑な祭神表記となっているとみている。結局、伊勢神宮摂社末社は、富士朝神官家系サルタヒコ子孫らが、富士朝フォーマットの神道で祭祀していたのだろうし、それが11代垂仁天皇の伊勢創建の最大の狙いだった。また50代桓武天皇が延暦23年(804年)に作成させた『皇大神宮儀式帳』『止由気宮儀式帳(外宮)』、総称して『延暦儀式帳』などからも伺える。

知られてはならない、祀らねばならない…というジレンマがよく現れているのではないだろうか?。前述の大神御蔭川神と合わせて考えても、外城田川流域に瀬織津姫やカモサワヒメが祀られていてもおかしくはない。

 

 

 



 

 

〈活動報告〉熊オッサンの『神社巡り日焼け』…深まる。

 

個人的には今回が人生初伊勢参り。早朝からレンタサイクルで伊勢市〜度会郡を一日50km弱は走破しました。熊オッサンの日焼けがさらに深まり、秋の神社巡り日焼けとなりました。無論半袖を捲るとパンダオッサンです。

とくに深い意味はありません…。(´(ェ)`)

個人的には、御船神社・牟弥乃神社は以前から参拝したいパワースポットでした。熊オッサンの夢の一つは、富士山〜高千穂峰レイライン上の神社を巡ること。いつの日になるかは分からないが、霧島神宮・高千穂峰へも行ってみたいと願っております…。いつになるやら(苦笑)。




〜伊勢巡りルート〜

  • 世木神社(度会春彦)
  • 外宮
  • 度会国御神社
  • 大津神社
  • 茜社・豊川茜稲荷神社
  • 度会大国玉比賣神社
  • 伊我理・井中神社
  • 猿田彦神社
  • 内宮
  • 皇大神宮別宮 荒祭宮
  • 皇大神宮別宮 風日祈宮
  • 皇大神宮別宮 月讀宮
  • 大土御祖神社・宇治乃奴鬼神社
  • 櫲樟尾神社
  • 皇大神宮別宮 倭姫宮
  • 豊受大神宮別宮 月夜見宮
  • 狭田国生神社
  • 御船神社・牟弥乃神社
  • 蚊野神社・蚊野御前神社

 

ほか



〜他地域・電車と歩き〜

  • 能褒野王塚古墳(日本武尊陵墓)
  • 能褒野神社
  • 伊奈冨神社(伊勢惣社)
  • 都波岐神社・奈加等神社(伊勢一宮)
  • 桑名宗社
  • 天武天皇社

 

ほか




◯『伊奈冨神社』(三重県鈴鹿市稲生西)

〜御祭神〜

  • 保食神大國道命

〜合祀〜

  • 豊宇賀能賣命
  • 稚産靈神
  • 鳴雷光神
  • 大山祇命



神社を調べていると、たまに呼ばれる感覚がでてくる。単なる胸騒ぎレベルが、忘れられずどんどん大きくなってゆくみたいな…多分誰でもある感覚なのだが。それはいつも時間的・経済的・現実的思考で潰されるのだが…。

旅行直前に偶然知ったのが伊勢国『伊奈冨神社』、電撃参拝?させていただいた。今回もやはり胸騒ぎがきっかけだった。飯縄権現の記事作成のタイミングといい、伊勢参りのタイミングといい…ご縁を感じたのでご挨拶した。正直この日は、二見興玉神社や瀧原宮へ行く予定だったのだが。。。これが面白い発見へと繋がった!。

 

近く別記事にて…お楽しみに!(´(ェ)`)

 

 

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※地図はクラフトマップ使用

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