宮下文書における瀬織津姫の正体①瀬織津姫の意味とは? - セキホツ熊の謎を追え!
宮下文書における瀬織津姫の正体③瀬織津姫に類似する女神たち。 - セキホツ熊の謎を追え!
2019,3,10
化身・瀬織津姫を比定
前記事の続き。瀬織津姫とは宮下文書比定の誰なのか?と考えてみる。
では宮下文書から瀬織津姫に比定されそうな女神をピックアップしてみよう。複数候補があり、どれも大物揃い。あるいは富士朝女神集合体というべきか…。
【瀬織津姫に封印された女神の候補】
・白清龍比女(国狭槌尊妃・国狭比女)…日本の女神の最上級ぽいお方。青龍権現か?
・白瀧比女(トヨクムヌ妃)…アメノオシホミミの実祖母、ニニギの曾祖母、その他多くのメジャー神を産んでいる。白瀧権現か?
・月桜田比女(ツクヨミ妃)…オオヤマツミ系や天神系賀茂氏から見た瀬織津姫?。
・加茂沢比女…オオヤマツミ妃、コノハナサクヤ母、コトシロヌシ娘。天神系賀茂氏からみた瀬織津姫?。諡・別雷命はニニギ化身として封印される。ナキサワメの正体、一般的には『玉櫛姫』『三嶋溝杙姫』比定と思われる。
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【一部神社で、瀬織津姫にすり替えられた女神】
・タクハタチヂヒメ=ヨロヅハタアキツヒメ。ススカの姫。スサノオの娘でニニギの母。ホツマツタヱでは鈴鹿峠に埋葬される。鈴鹿信仰、鈴鹿御前の正体の可能性あり。山梨県中央市・鈴鹿神社には瀬織津姫が祀られる。日本の元祖『織姫』。
・イワナガヒメ…ニニギ弟であるタマノオヤの妃、コノハナサクヤの実姉。本来の伊豆大神。ホツマツタヱでは、瀬織津姫と対峙するヤマタノオロチの転生。また瀬織津姫ら祓戸四柱のハヤサスラヒメに比定される。長寿の神。
・コノハナサクヤ…オオヤマツミ次女。ニニギ妃、諱・阿田都毘女命。瀬織津姫と交代させられた富士朝象徴の女神。しかし瀬織津姫と重複部分がある。ホツマツタエではコノハナサクヤ諱は葦津毘女命(アシツ)、宮下文書では月桜田比女の諱。但し、北東本宮小室浅間神社の由緒書にはコノハナサクヤの諱と書いてある。どちらが正しいのかわからない…。
前記事にて、瀬織津姫が富士朝名代的な神と書いたので、多少誤解されると思うが。歴代天皇や権力者たちは、神々の祟りを心底恐れていた。即ち、いい加減に祭祀している神社など、そもそもありえないわけで超訳アリ神として御祭神の名前を変更せざるえない状況があったのではないか?ということだ。別に各神社瀬織津姫を、偶像扱いしているわけではない…。
福岡県小郡市大崎には七夕伝説のある『媛社神社(七夕神社)』がある。ネットの情報では諸説あるのだが、御祭神は棚機津女命(織姫)と萬幡豊秋津師比賣命と饒速日命とされている。しかしWikipediaによると御祭神タクハタチヂヒメ(織姫)と天火明命(織姫の長男)とタカミムスビ(織姫の父)が祀られている。そして対岸にはアメノオシホミミを祀る『老松神社(牽牛社)』があるという。
一方、長野県伊那市の七夕伝説には、桜井天伯神社『瀬織津姫』が登場する。
この様に、もともとの『織姫』のイメージは、タクハタチヂヒメや天之八千千比売・棚機姫命・天衣織女らに関係するのではないかと思う。そして瀬織津姫がニギハヤヒ妃という誤解は、このへんから生まれたのではないだろうか。
ニギハヤヒは宮下文書には登場しないが。宮下文書のニニギ弟・タマノオヤやホノアカリの気配を感じることが多々ある。
三重県多気郡多気町の御船神社と牟弥乃神社の親子関係も説明できる。御船神・御蔭川神の御子が、寒川彦(オオヤマツミ)、なので御蔭川神=瀬織津姫ではない。月桜田比女(あるいは桜田比女ともいう)ではないかとみる。
一方、愛知県北設楽郡にある『月』と呼ばれる集落に『槻(つき)神社』がある。御祭神は瀬織津姫とされているのだが、これは『月桜田毘女』に比定されるのではないか?。もはや表に出せないツクヨミの身代わり、富士朝の名代、象徴なのではないかと…。
この様に一言『瀬織津姫』といえども、地域により、同じ御祭神とは思えないことが続々出てくるのだ。
次回に続く↓。
宮下文書における瀬織津姫の正体③瀬織津姫に類似する女神たち。 - セキホツ熊の謎を追え!