セキホツ熊の謎を追え!

古史古伝を片手に神社めぐり。古代人の残した偽書に基づく妄想考察。

伊豆国三嶋大社・加茂澤毘女にトコトコついてくる瀬織津姫の不思議②。

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三島市加茂付近。瀧川神社。瀬織津姫を祀る。

2019,3,21

伊豆国三嶋大社・加茂澤毘女にトコトコついてくる瀬織津姫の不思議①。 - セキホツ熊の謎を追え!


加茂澤毘女について回る瀬織津姫

前記事にて、三嶋大社の遷座説をお話した。三嶋大社→廣瀬神社→伊古奈比女神社、どの神社にも瀬織津姫の影がちらつく。

三嶋大社と伊古奈比め神社では摂社に、広瀬神社では元御祭神との説もある。彼女は一体誰なのか?

 

旧伊豆国には賀茂という地名が多いが…。三島大社北東にも『加茂』という地名が残る。現在は街の全域が住宅街だが、川原ヶ谷の山田川沿いに『瀧川神社』がある。ここは瀬織津姫が祀られていて、三島大社神主の祓所となっている。かつては『瀧不動』と呼ばれていた。全国的にお不動さまは瀬織津姫の特色の一つだ。

昔は木々に囲まれ、滝のある素敵な神社であったようだ。2013年10月放火事件があり、周辺樹木ごと消失した。私が行った2018年には神明造りの神社に変身していた。富士宮市の建築専門学生が伊勢神宮の古材を譲り受けて建てたという。

下図の地図を見てほしい。どうやらこの場所に瀬織津姫が祀られていることに意味がありそうなのだ。そして、私はこの『加茂』という地名になんとなくカモサワヒメを感じてしまうのだ。

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三島の瀬織津姫、もう一人の可能性。

白瀧観音と瀬織津姫と桜川

一方、三島の瀬織津姫にはもう一柱の『可能性』があると思っている。

三島一の観光地『楽寿園』にはもうひとつの広瀬神社がある。御祭神は不明、ウカノミタマと思われる。庭園の小さな神社だが四宮だという。前述した三嶋大社遷座前の廣瀬神社への遥拝所という説がある。こちらにも瀬織津姫を祀る神社という説がある。そもそも廣瀬神社遥拝所は三嶋大社の中に存在していたそうだ。

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三島市・白瀧観音堂。三嶋大社・祓所神社300mくらい北西の桜川の上にある。

その楽寿園東隣に『白瀧観音堂』がある。伊豆・駿河観音霊場三十三カ所の一つ。江戸期に北部から現在の場所に移され『清水寺』と称した。その白瀧観音堂から三島大社に流れているのが『桜川』であり、数百メール先に三島大社境内『祓所神社』がある。『桜川』というのは瀬織津姫の神社近くによくある川名である。これも宮下文書を読むまえは瀬織津姫のお社の一つと思っていたのだが…。今は瀬織津姫と白瀧毘女のシルエットが重なる。

もしこの観音様が宮下文書・白瀧毘女のことであれば、三嶋神コトシロヌシの実母である。カモサワヒメの祖母。そして皇祖アメノオシホミミの祖母となる。皇祖神といえる一柱だ。宮下文書家系図を語る上で重要な存在になる。

※因みにホツマツタエでは瀬織津姫がアメノオシホミミの実母となる。

※因みにアマテラスとアメノオシホミミは未婚養子関係。


女神の封印名が『瀬織津姫』

◇ホツマツタヱではアマテラスは男神にされてしまった。それを追いかける如く瀬織津姫がアマテラス『荒魂』と称された。

◆カモサワヒメ『別雷命』もある意味、男神にされてしまった。それを追いかける如く瀬織津姫が寄り添うのである。

 

 

な…何か奇妙な縁を感じる。瀬織津姫とは『女ごころ』の化身なのだろうか?。

 私自身、何でもかんでも瀬織津姫に結びつけている気もするが…(笑)。

 

 まあそれはともかく。

カモサワヒメ…シライトヒメ…。瀬織津姫以外にも多くの神々が封印されている。

その神社、地域によって隠された富士王朝女神がいる。私は彼女らが『瀬織津姫』という総称させられていると考える。そして延暦火山をきっかけとしコノハナサクヤに改名させられる。瀬織津姫の名称自体が不要となった。しかし、何故未だに瀬織津姫の名前が全国的に残っているのは何故か。それは、どうしても消せない事情があるのだろう。

それゆえ瀬織津姫は研究対象として重要度を増すのだ。瀬織津姫は残された神社数も少ない、大きな『訳アリ』と考えてよい。