セキホツ熊の謎を追え!

古史古伝を片手に神社めぐり。古代人の残した偽書に基づく妄想考察。

偽書のススメ3:ホツマツタエと瀬織津姫の誕生

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富士王朝とウガヤ王朝は夏至レイラインで結ばれる。

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2019,2,23

誕生・瀬織津姫

欠史八代が終わり10代祟神天皇~12代景行天皇の時代。ホツマツタエを軸とした大掛かりな歴史改変があった模様。全国的に神道をシステム化、治世の象徴としての整備だ。前述した富士-ウガヤ王朝レイライン上の武蔵総社・大國魂神社もこの時期創建とされる。
この頃までは大和国中央政府と富士王朝とウガヤフキアエズ王朝の三極は共存できていた。しかし欠史八代のうちに生まれた問題を解決しなければなるまい。つまりニニギからウガヤ王朝時代までの外国人排斥、その後一転大和天皇勢力と渡来勢力の融合。これら矛盾を公に出来なくなったのだ。渡来系からみれば外国人排斥の黒歴史は目障りこの上なく是が非でも修正させておきたかった。要は憎き先住民の両王朝を欠史させたい、これを実行したのが12代景行天皇である。
また宮下文書にも一部記載されているが景行天皇は女『タラシ』で女遊びが酷く、諸国から美女を徴収した。それらが無用な政治問題に発展した可能性もあり、彼は好戦的にも見える。個人的に感じるのだが、ホツマツタヱに登場する九頭竜モチコとハヤコの描写は彼自身の女性経験談もあるかもしれない。
12代景行天皇は10代崇神天皇以来の歴史書『ホツマツタエ』編集を継承、富士王朝とウガヤ王朝を『神話』の面から段階的に消す試みであった。しかし神の祟りが怖い。かつて崇神天皇はアマテラスを強引に大和遷座させ、結果としてなんの因果か飢饉や盗賊が頻発した。それを教訓にか富士山王朝に敬意を払うための象徴を奉る。それがツクヨミ妃・月桜田毘女などをモデルにしたと思われる富士の象徴『瀬織津姫』である。
宮下文書における瀬織津姫の正体①瀬織津姫の意味とは? - セキホツ熊の謎を追え!
宮下文書における瀬織津姫の正体②瀬織津姫の比定候補 - セキホツ熊の謎を追え!
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ホツマツタヱは歴史改竄書物であった。矛盾を暴く鍵は三輪氏と賀茂氏、そして『別雷命』『三穂都毘女』

崇神~景行天皇政府はガイドラインを示し『ホツマツタエ』と『ミカサフミ』を作成させる。そもそもホツマツタエはスサノオの子孫?クシミカタマを編集者とし、その7代孫オオタタネコが継続。ミカサフミはのちの中臣(藤原)氏族が作成した。富士王朝(蝦夷)とウガヤ王朝(熊襲)どちらか一方を認めても矛盾となる。『ないもの』とし同時に葬り去らねばなるまい。故にホツマツタエ神話は、首都巡幸という奇妙な政治スタイルを描いている。富士山→東北→伊勢→霧島という具合に『央王(オキミ)』自ら国土開発して回るわけだ。あくまで富士王朝とウガヤ王朝の歴史的痕跡は全国巡幸のうちの一遺産であることを強調した。
実質ホツマツタヱを作成・管理していたのは三輪氏と思われる。宮下文書によると三輪氏はオオクニヌシ子孫としっかり明記されるが、後世に渡来系出雲族と融合したのではないかと推測する。

~ホツマツタヱと宮下文書の違い~

▲ホツマツタエによると。
・伊豆国三島大社は大物主の家系の神社。
・別雷命=ニニギの化身にされている。
・出雲神スサノオ11世孫?オオタタネコがホツマツタエを作成。
・事代主は地祇系。
・三輪氏はスサノオ・大国主・大物主・事代主の子孫。地祇系賀茂氏と同祖。


△宮下文書によると。
・伊豆国三島大社は『別雷命』を祀る陵墓?。
・別雷命=カモサワヒメ(オオヤマツミの妃・コノハナサクヤの実母・コトシロヌシの娘)
・オオヤマツミとカモサワヒメの子神に加茂沢毘古命や加茂山雄命がいるが、天神系賀茂氏も地祇系賀茂氏も登場しない。
・事代主は天神系。
・三輪氏は大国主の子孫。スサノオは信州の神。大物主は藤原物部系統。事代主系統は天香護山命以外、外寇でほぼ壊滅しているはずである。



~これらの違いから読み取れる事~
『三輪氏』も同祖の『賀茂氏』も奇妙なのだ。
賀茂氏には天神系賀茂氏と地祇系賀茂氏がいるが、どちらも宮下文書記載がない。突然誕生し、天神系から地祇系にスリ替えられたのではないか…いやそもそも両方とも存在していなかった可能性もある。富士王朝ウガヤ王朝や蘇我氏系統の歴史を隠蔽する付会のための氏族であった。これはいずれ別記事で紹介したい。
一方で三輪氏は渡来系出雲勢力による融合?あるいは背乗り?されたと推測する。おそらく同じ朝鮮半島方面から来たスサノオにシンパシーを感じたのか、スサノオを筆頭に大物主・大国主・事代主を自らの祖先とし、出鱈目に付会させた。そして出雲との繋がりを強調しているのだ。

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そもそも宮下文書による中国地方の由来は、スサノオの娘・ミホツヒメ(出雲毘女命)は勅命にて阿祖北(信州?)から朝来の田場山(丹波一宮・出雲神宮?)に移り国常立尊(豊受大神)を祀っていた。それを中国地方に分祀させたのが出雲国の杵築大社(現・出雲大社)である。三輪氏祖オオクニヌシは中国地方出雲とは関係ない、単に大和国で融合した三輪氏祖オオクニヌシを利用しているに過ぎないのだ。まあオオクニヌシは全国行脚して国民に職業指導していた神、まったく無関係ではないか…。
出雲族融合前の三輪氏を大国主記・大国主命世代記で辿ると。オオナムチ(オオクニヌシ)の本来の本拠地は遠久見、遠江国一宮・小国神社(静岡県周智郡)周辺?。オオクニヌシ56世孫・大力太命(豊徳知貴命)の三兄弟が神武東征にて手柄を立て『三輪三家』となり、その一人『大太刀命』が遠久見から三輪の里へ諸税収納役として渡る。かなり有能な人格者であったそうだが、その後何があったのやら…。彼らは何故か自称スサノオ子孫だと仮冒してしまっているのだ。そのうえ『別雷命』や『三嶋大社』や三輪氏賀茂氏の歴史までも改竄している、それがホツマツタヱという古文書なのである。


※因みにいつの間にか天神→地祇系となった賀茂氏、その同祖・三輪氏はスサノオ・オオクニヌシ・コトシロヌシ・オオモノヌシ全てが先祖であると主張し出す。恰もホツマツタヱ登場に合わせたかのようなタイミングだ。宮下文書家系図と比較して頂きたい。上の系図を見るとコトシロヌシがもともと天神系であることがわかるはずだ。改竄後は地祇系にされている。

※因みに、Wikipediaによると記紀の葛城山・一言主伝説も天神系の衰退を暗示している。一言主=コトシロヌシに対し雄略天皇が土佐へ左遷を命じている。また地祇系・役小角に召使のように使役されていた一言主は朝廷に讒言し、彼を伊豆国(三嶋大社所在地)に左遷してもらった。そのあと役小角が伊豆国で面白い活躍するのだが、それはまた別記事にて。このように、富士王朝の衰退を当時の人々が風刺して楽しんでいたようだ。

※因みに、三輪氏に対する誤解もあったかもしれない。『天香護山命』というのはコトシロヌシの次男であり、カモサワヒメの兄。初代ウガヤの時代に東北地区総司令頭長に就任。しかし神武東征後、三輪氏祖・豊徳知貴命の四子に同名の『天香護山命』が登場、越後の国造となる(現・弥彦神社?)。要するに後世の人々が大国主系氏族と事代主系氏族を混同した可能性もある。

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