セキホツ熊の謎を追え!

古史古伝を片手に神社めぐり。古代人の残した偽書に基づく妄想考察。

<レイラインの美学⑪>日本の東西を繋ぐ『日出日沈レイライン』。江戸幕府の理由、そもそも武蔵国は都になるための約束の地だった!?。

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日本一騒がしい場所にある瀬織津姫の神社『日比谷神社』。

2019,10,14

眞名井神社~大国魂神社・明治神宮のレイライン。

今回のレイラインは、子供の頃から知っていた。

都内多摩地区を走る京王線の沿線観光マップで、『明治神宮』『深大寺』『大国魂神社』『高幡不動』『武蔵野・多磨御陵』と観光地の神社や寺がほぼ一線並んでいる。多少ズレはあるものの、単に面白い現象だなあ…と思って見ていた。そしてレイライン上にある明大前駅構内のビオトープ『無事湖』を、駅舎拡張工事で潰したころから、京王線は事故が多くなったという(怖)。ま、嘘だか本当だか…あくまで現場関係者のオッサンから聞いた噂なのだが…。個人的には子供のころから、この池の金魚を眺めているのが大好きであった。

  

実はこのレイライン、元伊勢で有名な丹後国『眞名井神社』に繋がっている。さらに酒折宮旧跡と玉諸神社拝殿跡の存在を知り、このレイラインの重大性を再認識した次第である。玉諸神社と大国魂神社は同時代に創建された、親子のような存在だ。これも12代景行天皇と日本武尊が絡んでいる。『眞名井神社』の眞名井伝承も同時代に形成されたのではないかと睨んでいる。

甲斐三宮・玉諸神社『国魂大神命』については別記事にしたい。

<レイラインの美学⑩>酒折宮と恵那山と血洗池。日本武尊が生涯をかけて描けなかった富士朝改竄ライン。 - セキホツ熊の謎を追え!

<神社めぐり>武蔵の国の富士隠し、大室八幡神社とホツマツタヱ『ムハタレ』の意外な接点。 - セキホツ熊の謎を追え!

 

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前記事にて氷川神社『剣』、大国魂神社『玉』、寒川神社『鏡』のイメージがすると述べたことを覚えているだろうか?。氷川と寒川は、多摩川を凍らせているように、挟み込んで存在する。そして多摩川の水神とは武蔵一宮・小野神社の『瀬織津姫』であろう。この『魂』『玉』『多摩』…タマの謎にも通ずるのだ。

タマとは一体なんなのか?。おそらくこれが多摩地区=東京都の理由であろう。明治初期には一度神奈川県に編入されたが、1893年(明治26年)多摩川水源を理由に東京に再編入されている。これについては政治問題など諸説いわれているが、神道的には大問題なのである。つまり祭祀上、武蔵国から小野大神『瀬織津姫』を分離させることになるのだ。私は東京の精神的支柱は、あくまで大国魂神社や小野神社のある多摩地区にあると思うのだ。

 

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前記事にも書いたが、ウガヤ朝の妃は51代とも諱『多摩夜里(タマヨリ)毘女』を襲名している。宮下文書における『玉依毘女』とは初代の個人名?、『多摩夜里毘女』は初代を含めた諱あるいは役職名のような使いまわしだ。記紀をはじめ一般的に、玉依姫命と一柱にまとめ呼ばれている。そのウガヤ朝の拠点『高千穂峰』から富士朝『富士山』を結んだレイライン終点が武蔵国『多摩』である。わたしは多摩という言葉自体に歴史解明の重要なカギが隠されていると考えているのだ。

この多摩を意識していたのが徳川家康ではないのか?。

そしてこの東西レイラインと富士山高千穂峰レイラインのクロスポイントが多摩地区の大国魂神社なのだ。

<レイラインの美学③>日月神示ヒムカの役割、瀬織津姫死亡説と天照大神と木花咲耶姫の本当の関係。 - セキホツ熊の謎を追え!

 

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『日出日沈レイライン』

googleマップ線引き機能利用。東照御親命(徳川家康)を祀る佃島住吉神社と眞名井神社二点を繋ぐ線。多少ズレあり。

・富岡八幡宮(東京都江東区富岡)応神天皇ほか437mズレ

・佃島住吉神社(東京都中央区佃)住吉三神・東照御親命ほか

・日比谷神社(東京都港区東新橋)豊受大神・祓戸四柱大神518mズレ

・烏森神社(東京都港区新橋)倉稲魂命・天鈿女命・瓊瓊杵尊

・虎ノ門金刀比羅宮(東京都港区赤坂)大物主命・祟徳天皇

・内閣府(東京都千代田区永田町)540mズレ
・アメリカ大使館(東京都港区赤坂)

・山王日枝神社(東京都千代田区永田町)大山咋神・国常立神ほか740mズレ

・赤坂氷川神社(東京都港区赤坂)素戔嗚尊・奇稲田姫命・大己貴命

・乃木神社(東京都港区赤坂)乃木希典将軍ほか

・東郷神社(東京都渋谷区神宮前)東郷平八郎命398mズレ

・国立代々木競技場(東京都渋谷区神南)

・明治神宮(東京都渋谷区代々木)明治天皇ほか931mズレ

・神社本庁(東京都渋谷区代々木)1.26㎞ズレ

・代々木八幡宮(東京都渋谷区代々木)応神天皇ほか437mズレ

・明大前『無事湖』(東京都世田谷区松原)

・深大寺(東京都調布市深大寺元町)

・青渭神社(東京都調布市深大寺元町)青渭大神・水波能売大神・青沼押比売神

・古八幡と天王さま(東京都三鷹市大沢)応神天皇・スサノオ?410mズレ

・武蔵国府八幡宮(東京都府中市八幡町)応神天皇

・六所日吉神社天神社(東京都府中市宮町)不詳・天神社は少名彦命

・武蔵総社大國魂神社(東京都府中市宮町)大国魂大神・御霊大神・国内諸神

・坪宮(東京都府中市本町)兄多毛比命75mズレ

・天王宮八雲神社(東京都府中市分梅町)素戔嗚尊

・小野神社(東京都府中市住吉町)天下春命・瀬織津姫※一宮とは別社423mズレ

・高幡不動尊金剛寺(東京都日野市高幡)574mズレ

・昭和天皇武蔵野御陵(東京都八王子市長房町)昭和天皇1.78kmズレ

・梶原八幡神社(東京都八王子市元八王子町)応神天皇・比売大神※鶴岡古神体?1.17kmズレ

・八王子城八王子神社(東京都八王子市元八王子町)素戔嗚尊・天忍穂耳尊ほか1.61kmズレ

・軍刀利神社(山梨県上野原市棡原)日本武尊432mズレ

・石楯尾神社(神奈川県相模原市緑区佐野川)神日本磐余彦尊1.50kmズレ

・御霊神社(神奈川県相模原市緑区)鎌倉権五郎景政1.83kmズレ

・白山建岡神社(山梨県山梨市上粟原)伊弉諾尊・伊弉冉尊・菊理姫命

・山梨岡神社(山梨県笛吹市春日居町)大山祇神・高龗神・別雷神

・物部神社(山梨県笛吹市石和町)饒速日命・宇麻志麻治命ら物部氏祖神十柱。

・山神宮天狗神社(山梨県笛吹市石和町)大山祇神・月読尊・稚産霊命・宇気母智命247mズレ

・大蔵経寺山・御室山(山梨県笛吹市春日居町)

・酒折宮旧跡(山梨県甲府市酒折)日本武尊

・甲斐三宮・玉諸神社月見山拝殿跡(山梨県甲府市善光寺)

・甲府城(山梨県甲府市丸の内)

・北岳(山梨県南アルプス市芦安芦倉)標高日本2位1.55kmズレ

・風三郎神社(長野県上伊那郡中川村)級長津彦命・級長戸辺神

・気比神社(福井県敦賀市刀根)仲哀天皇・神巧皇后・日本武尊・素佐之男尊・大山祇命1.25kmズレ

・越前一宮氣比神宮(福井県敦賀市曙町)伊奢沙別命・仲哀天皇・神巧皇后・日本武尊・応神天皇・玉姫命・竹内宿彌命4.38㎞ズレ

・丹後一宮籠神社(京都府宮津市大垣)彦火明命・豊受大神・天照大神・海神・天水分神491mズレ

・眞名井神社(京都府宮津市江尻)豊受大神・罔象女神・彦火火出見尊・神代五代神・天照大神・伊射奈岐大神・伊射奈美大神

・比沼麻奈為神社(京都府京丹後市峰山町)豊受大神・瓊瓊杵尊・天児屋根命・天太玉命1.34mズレ

・ 白兎神社(鳥取県鳥取市白兎)白兎神、かつては瀬織津姫を祀る説有。2.0㎞ズレ

・松江城(松江藩松江市殿町)

・出雲大社(島根県出雲市大社町)大国主大神ほか(7.17㎞かなりズレ)

・日御碕神社(島根県出雲市大社町)天照大御神・神素戔嗚尊、かつては月読尊を祀る説有。1.7㎞ズレ

 

『日の出』『日沈み』の地の選定は、日本史そのもの。

各社伝で比較すると、このレイラインで一番古い拠点は出雲の日御碕神社ではなかろうか?。

 

日御碕神社(島根県出雲市大社町)

<御祭神>天照大御神・神素戔嗚尊、かつては月読尊を祀る説有。

 

日御碕神社は3代安寧天皇が『神の宮(上の本社)』が創建、62代村上天皇が『日沈の宮(下の本社)』として祀られ、二社総称して『日御碕大神宮』という。かつてはアマテラス・スサノオ・ツクヨミの三貴神祀られていたとの説もある。神社近く東南380mほど離れて月讀神社がある。しかし何処に対しての『日沈み』なのだろうか、東国と西国の価値観とでは認識が分かれて当然である。

西国天皇の価値観で言えば、『伊勢神宮』に対しての日沈みであろう。西国にとっての日の出の地は伊勢神宮である。因みに伊勢神宮と日御碕神社をレイラインで結ぶときれいに『平城京跡』(奈良市)を通り、まさに昼と夜を繋ぐレイラインである。

宮下文書によると10代崇神天皇が富士高天原神都『麻呂山』から大和国笠縫の里に天照大御神の御魂を遷した。少なくとも欠史八代の天皇たちは伊勢よりも東国を拝んでいた。3代安寧天皇も、日本の中心が『富士山』にあると知っていたはずだ。何しろ武蔵一宮『小野神社』を創建した人物である。

因みに日御碕神社と富士山をレイラインで結ぶと何処に向かうのか?…なんと鎌倉幕府『鶴岡八幡宮』である。源頼朝は幕府所在地選定に日御碕神社と富士山を選び、日の出の場所を相模国『鎌倉』に選定した。

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大國魂神社『東照宮』。神社裏には徳川家康の屋敷跡が見つかった。

そして徳川家康は武蔵国『江戸』を選んだ。日御碕と結んだポイントが元伊勢『眞名井神社』、そして富士山高千穂峰レイライン『多摩』の拠点『大國魂神社』であった。大國魂神社には現在も東照宮があり、家康の屋敷跡がある。多摩地区は江戸幕府直轄地となり、幕末には徳川に忠誠を誓う、新撰組誕生の土壌となる。なにより家康が崇敬していた『大国主』『瀬織津姫』のお膝元であった。この頃から都心部と多摩地区は切れない関係なのだ。

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ある意味『日御碕』は日本の基準である。

Wikipediaによると、現存の日御碕神社の社殿は1634~1644年の3代徳川家光の命による造営。松江藩主の京極忠高が着手して、3代徳川家光の従兄弟・松平直政が完成させる。徳川幕府としても日御碕神社を重視していたのが伺える。

しかし何故、徳川家康は『出雲大社』を東西レイラインの基準にしないのだろうか?。江戸時代まで『出雲』といえば丹波一宮『出雲大神宮』であった…。江戸時代、出雲大社は『杵築大社』という名称であった。

おかしなことに前述した松江藩の松平直政が、富士山高千穂峰レイライン近く武蔵国に杵築大社(東京都武蔵野市)を勧請している。松江城は日出日沈レイラインの上にある。何か意味深なつながりを感じるのは私だけだろうか…、まだまだ解明の鍵が眠っていそうだ。

 

江戸~東京の成立

室町時代後期、太田道灌は江戸城を建設した 。築城に当たり候補地があった、それが加瀬山、現在の神奈川県川崎市『夢見ヶ崎』である。ここでアマテラスに祈ると霊夢を見て、タンチョウヅルが江戸の方角(北)へ飛んでいったという。こうして太田道灌は江戸城の候補地を決めたという。これを改修したのが徳川幕府である。まるで日出日沈レイラインを予見していたかのような話だ(笑)。下写真はアマテラスとムカツ姫を祀る珍しい神社『天照皇大神社』。

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レイラインは住吉三神と徳川家康を祀る『佃島住吉神社』に到着する。この辺りは埋め立て地ばかりだが、佃島は単独で島であった。かつて逃亡の身であった徳川家康に、漁船を提供した摂津国佃村の漁民に、漁業権を与え定住させたという。

住吉三神は北東本宮小室浅間神社や大國魂神社『住吉社』にも祀られている重要神。宮下文書比定『津都王三神』、上津都王神(上筒之男命)・中津都王神(中筒之男命)・祖古津都王神(底筒之男命)。高天原以前?の歴代英雄とのこと。因みに筒男命代々支配した摂津国住吉に神武天皇の兄『海津彦五瀬王命』を祀ることから、五瀬王命を住吉大神と称したとのこと。 

 

その後、明治期となり『国家神道』が誕生する。徳川が構築した神道防御システムをそのまま利用しつつ、東京にも明治神宮や乃木神社や東郷神社がレイラインの防壁のように建てられる。その先に一体何を守っているのやら…。

官庁街『霞が関』?、国会議事堂?、内閣府?、…アメリカ大使館。いずれにせよ日本の新しいご主人であろう(笑)。

 

このレイラインの神社一つ一つを紹介したいが、一万字はかかりそうなのでご勘弁を。字数を少々減らそうと思っている(切実)。

 

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 ※地図はクラフトマップ使用。

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