セキホツ熊の謎を追え!

古史古伝を片手に神社めぐり。古代人の残した偽書に基づく妄想考察。

神武東征後に玉はどこへ消えたのか?。橿原神宮は三種神器に護られた八幡神クロスポイントだった???。

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山梨県甲州市塩山竹森にある玉諸神社奥宮。かつてここに2mの水晶玉石が祀られていた。

2019,12,1

橿原神宮はタマノオヤ×イワナガヒメのクロスポイント?。

令話元年中よくニュースに出てくる『橿原神宮』。本日は橿原神宮と八幡神について考えてみる。レイラインからも橿原神宮が八幡神に守られている構図が見えてきた。まずは橿原神宮について少し説明してみたい。

下図のようにレイラインは、タマノオヤとイシコリドメの由縁地と結構重なる。『壱岐島』や『伊予御島』など、宮下文書的に重要な意味を持つ聖地も多い。

日前神宮のある紀伊国名草から橿原宮の東征侵攻ルート、これは実質の行宮の移動ではないかとみる(実際はレイラインに沿って進軍したわけではないので注意)。 

 

このブログでは八幡神=タマノオヤ。イワナガヒメ=伊豆大神=比売大神イトウと考えている。詳細は下リンクにて。

<まとめ+追記>八幡神と比売大神イトウの正体わかった!宇佐神宮・伊豆山神社・天孫降臨・八王子権現のまとめ。 - セキホツ熊の謎を追え!

大室山・伊豆国火之神の誕生秘話。イワナガヒメとコノハナサクヤの姉妹喧嘩に見る真相とは。 - セキホツ熊の謎を追え!

 

 

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※多少ズレあり。メルカトル図法では放物線となるので注意。
今年平成31年~令和元年、橿原神宮には平成天皇と今上天皇が、入れ代わり参拝。天皇家にとって重要な処なのは否めない。

・平成天皇皇后両陛下は、3月26日、神武天皇陵に神武天皇山陵を訪問。退位の礼関係諸儀式として『親謁の儀』に臨まれた。

・同年11月27日、今上天皇皇后両陛下は27日、神武天皇陵を訪れ、即位礼と大嘗祭の報告する『親謁の儀』に臨まれる。

 

~橿原神宮とは~

奈良県橿原市、畝傍山の東麓にある、記紀による初代神武天皇の宮『橿原宮』比定地に作られた神社。すぐ北に神武天皇畝傍山東北陵がある。

Wikipediaによると、記紀においての神武天皇の宮(畝傍橿原宮)比定があったとされるこの地に、1890年(明治23年)明治天皇が官幣大社として創建した。現在の本殿(重要文化財)や神楽殿は、京都御所の建物を移築したもの。 

 

では何故神武天皇は、ウガヤ朝から東征して『橿原』に拠点を置いたのか?。

宮下文書より。紀元元年・辛酉年(BC660)2月11日、天皇は大和国橿原の宮において、大御位に即位された。

『この地は我が国の中央であるから統治もまた可能であろうと、集議が遂に決定した。ここにおいて、天皇は諸将を従えて、隣国各場所を巡り、帝都を定めるべき要衝の地を受け継がれた。即ち畝傍山の東南隅である橿原の地をこそ極めつけの地であるとして、日高の宮に還幸された。(中略)…称して橿原の宮という。』

神武東征が終わっても、7日間行宮『日高の宮』で白木賊の様子をみていたようだ。そして都の選定もかなり、慎重に行われたという。レイラインの選定もこの時期していたのだろうか(笑)。

神武東征時には各要衝に行宮を作っており、それが『度会の宮』『佐野の宮』『日高の宮』『丹生本営』である。この『橿原の宮』の前身、『日高の宮』の比定地がいまいちわからないのである。おそらく紀伊国名草周辺か?。同地域には『日高』という地名や神武名草聖蹟顕彰が残る。近くには神武の兄・五瀬王命埋葬地『紀原の竈山』に比定される、竈山神社や竈山墓がある。日前神宮と竈山神社と伊太祁曽神社は三社とも紀伊国一宮に比定されている。

神武天皇の幼名は『日高佐野王尊』。『湯野崎の水門から上陸し、要衝をみて行宮を建てられた。その地を日高と名付け、その宮を日高の宮と称された』という。察するに『水門』というのは和歌山県和歌山市小野町『水門吹上神社(男之水門)』付近か?。ココには古事記による神武兄・五瀬王命の死亡地伝承がある。

古事記における神武東征は『日に逆らうは、天の意思に背く』と紀伊半島東~西へ、熊野より仕掛けられている。ゆえに和歌山県西部の『日高』という神武の名称や、『日高宮』の位置が意図的に隠された可能性がある。

※因みに。大和(やまと)という国名は神武の父・51代ウガヤ諱『弥真都男王尊』から来ているのではないだろうか?。もともと伊勢神宮(伊勢山田)とは神武東征後、神武父母と東征戦没者が祀られていた場所であった。

 

日前神宮・国懸神宮とは

上図レイラインの拠点の一つ。和歌山県和歌山市秋月にある二社。日野前宮あるいは名草(久佐奈)の宮ともいう。境内は日前神宮と國懸神宮が東西並ぶ。

 

〇日前神宮

~御祭神~

日前大神 

日像鏡を神体とする。

~相殿神~

思兼命、石凝姥命

 

〇國懸神宮

~御祭神~

國懸大神 

日矛鏡を神体とする。

~相殿神~

玉祖命

明立天御影命、鈿女命

 

〇中言神社

二社並んだ中央に坐す、地主神である中言(なかこと)神社という。

名草彦・名草姫を祀る

 

宮下文書によると、東征に関して、日前神宮の直接的関与は記載されていない。しかし神武が周辺で軍事行動しているのなら、関与がないわけがない。日前神宮を守っていたタマノオヤ娘とイシコリドメ子孫は、武器を司る氏族でもあるはずだ。むしろ神武天皇は日前宮を目標にして、名草に立ち寄ったのではないかと推測する。 

前記事と被るが、宮下文書を知らない方のために一応補足。

宮下文書によると。タマノオヤは富士朝伊須(伊豆)から西征中、広島県玉祖神社(穴門の宮)にて死去。それを聞いた、富士朝ヒコホホデミ本陣が本格参戦、西国を平定(言向和平)。タマノオヤの子ウサミと従者イシコリドメは長久佐宮を任された。子ウサミはその後、西国州々を『くまなく』治め、久眞野(熊野)と名付けた山に宮を造営して移り住んだ。後にウサミの子、クマノクスヒコが宮守として継承した。

タマノオヤ従者であったイシコリドメは、長久佐宮に残る。『手工に優れていたので子孫一族を軍用武器作製の家と定めた。こうして神器『鏡』と『矛』を祀られることになる。その後、イシコリドメの子『大力雄命』と、タマノオヤの娘『玉毘女命』夫婦が職務を継ぎ、神器を司る家系となった。 

神武天皇の御宇。イシコリドメの孫・日前玉命52世孫名草武器命を木日(紀日)の国造とした。また木日野の名草に副本営副本陣を設いた。これを日前(ヒクマ)の宮という。

『長久佐宮』とは後の『日野前宮(ヒノクマノミヤ)』=『日前神宮・国懸神宮』のこと。日野前の『クマ』とはおそらく熊野の『クマ』と本来同義。『くまなく』平定するという意味。後世の神武東征時で熊が何頭も出現し、敵である賊軍を餌食にした。神武側が大喜びして『久萬野山』を『熊野山』と改称した。

ゆえに日前と熊野は兄弟のような関係である。

f:id:sekihotu:20190905221854p:plain※因みに。日前神宮に相殿されている思兼命は、神代ではなく、神武時代の人物と思われる。宮下文書によると神武天皇大嘗會に『思兼堅石彦命』が登場している。役職、出自不明。中臣忌部八重垣命と並び登場。


名草戸畔のナゾ

話は逸れるが、日前神宮と国懸神宮の地主神『中言社』の名草姫命(=名草戸畔?)と名草彦命とは、何者だったのだろうか?。

Wikipediaによると、名草邑は日本書紀に登場。現・和歌山市名草山周辺の統治者。神武東征で進軍中だった神武に誅殺されたとも。

その後、紀氏が紀伊を統治。紀氏は、名草戸畔を遠縁としていた。

宮下文書には、『名草戸長』という人物が登場。神武兄・五瀬王命を騙し討ちさせた張本人。はじめは傷付いた海神彦五瀬王命を治癒させ、しばらく隠匿してくれたという。しかし結局は五瀬王命を酔い潰させ、敵である長髄彦の賊に売った。五瀬王命は命懸けで、賊を追い払い、名草戸長を捉えて斬った。そこに弟である日高佐野王命(神武)が東国和平から駆け付けるものの、五瀬王命は程なく死亡。竈山神社(和歌山県和歌山市)周辺にて葬られており、記紀と社伝とも一致がみられる。近くには神武天皇所縁の聖蹟名草邑顕彰もある。

名草戸畔と名草戸長が同一人物なのかは不明。但し『戸』というのは集落単位、『長』とは役職名と思われる。名草と日野の農民は馬数百頭を献上し、神武側を支援している。

五瀬王命死亡に先立ち、神武が説得していた東国和平軍が神武側へと合流。関西圏を主戦場とした、彼の東征は日本全国を巻き込む大戦となってゆく。

 

 

さて、ここでみなさん。玉は何処にあるのか…。

前記事にも触れたが、三種神器『玉』があるはずなのだ。玉に該当する神器は両神宮にはない。あるのは『鏡』と『矛』だ。では『玉』はどこへいったのだ?。
な…なんと。実は、玉は明治元年まで山梨県の玉諸神社に存在していた!?可能性が出てきた。だいぶ陰謀論的になってしまった(笑)。

 

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玉諸神社(山梨県甲州市塩山竹山)。御祭神タマノオヤと推定される。


玉諸(たまもろ)は玉師(たまもろ)たちの奥儀?

山梨県甲州市塩山竹山にある創建不明社。甲斐三宮・玉諸神社式内社。但し、甲府市玉諸神社の場合は御室山山頂にあったとされる山岳信仰。この玉類信仰とは特性がかなり違う。共通点はこの二社が『御室山』を挟んでいる点か。

<レイラインの美学⑬>鎌倉幕府と御室山の繋がりにみる御霊大神。三浦半島は富士朝のお膝元であった。 - セキホツ熊の謎を追え!

~御祭神~

天羽明玉命

あるいは『天明玉命』『玉屋命(玉祖命)』とする文献もある。

推定、御祭神タマノオヤの神社。

※奥宮は北東600mの竹森山(別名・水晶山)中腹に鎮座。本殿の地下にはかつて水晶の玉があり、神体とされていた。

 

 

 玉諸神社とは、もともとは石英の産出地、『和名抄』記載にある『玉井郷』とみられる。玉類工人集団が入植し、古来より山間部に拓ける。

由緒書きによると。神体として高さ7尺(約2m)・周り6尺8寸(約1.8m)の巨大水晶の玉に祀ったことから『玉諸』とされる。残念なことに、明治元年に奥宮にあったとされる御神体水晶は盗まれて、現存していない。

先に述べた点から推測するに、工人集団というのはタマノオヤとイシコリドメ子孫の可能性もありうる。玉職人たちが石英、石材を求めて移住してきたのか。玉諸=玉師(たまもろ)にも感じる。

後世の鏡作連鏡作氏はイシコリドメの子孫といわれている。鏡作氏末裔は伊豆国田方郡鏡作郷周辺にも栄える。また玉造氏も静岡県沼津市『玉作神社』にてタマノオヤを祖神として祀る。『駿河草』によるとタマノオヤあるいは瀬織津姫を祀っていたとするが、現在の御祭神はミズハノメ一柱のみである。ココにも瀬織津姫にカモサワヒメやイワナガヒメのシルエットを感じる。

一方で玉諸神社周辺でも、北2キロ、瀬織津姫を祀る『船宮神社』がある。

宮下文書における瀬織津姫の正体①瀬織津姫の意味とは? - セキホツ熊の謎を追え!

宮下文書における瀬織津姫の正体②瀬織津姫の比定候補 - セキホツ熊の謎を追え!

 

玉造り氏族で有名なのが『忌部氏』であるが、宮下文書での出自がわからない。個人的には太玉命の子孫、祖家(蘇我)系統ではないかとみている。

 

レイラインから読み取れるもの

そもそもこのレイラインを見つけた経緯は、前記事である。山梨県笛吹市『御室山』と奈良県桜井『三輪山(御諸岳)』が同義であるということ、ともに『神が籠る山』という意味だそうだ。では、この二点を繋いでみたらどうなるかという発想に至った。

結果、玉諸神社と日前神宮、近い角度で繋がってしまった(笑)。『御室山』には物部神社が存在し、物部氏が住んでいたこともあるので、案外『三輪山』と関連があるのかもしれない。

玉諸神社で一番不自然に思ったのが、里宮と奥宮の位置角度が半端すぎる。奥宮がもともとの玉諸神社旧地ということだ。奥宮からみて、里宮は富士山や御室山や式内社の方角でもない。何だろうか?と疑問に思っていたが、まさかこういうことだとは…。

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そして三本のレイラインが橿原神宮で交差するのだ。 

・宇佐神宮×伊豆山神社はイワナガヒメ(比売大神イトウ=伊豆大神?)のレイライン。

・玉祖神社×三原神社(阿治古神社境外社)はタマノオヤ(八幡神?)のレイライン。

日前神宮×玉諸神社はイシコリドメ(タマノオヤ従者・武器師)のレイライン。

つまり天孫タマノオヤ勢力に護られているのが『橿原神宮』なのである。

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※伊豆大島『三原神社』は同島『大宮神社』の境外社であり、大宮神社は伊豆国式内社『阿治古神社』。どちらも謎の神、阿治古命を祀る。
※多少ズレあり。メルカトル図法では放物線となるので注意。

 

さて玉諸神社の玉は何故、明治初年に盗まれたのだろうか?。この『初年』というのが、重要ポイントだと思うのだ。長野県戸隠神社も明治維新直後、長州政府に宗教弾圧された。これは阿祖北(推定信州)にあったとされるオリジナル出雲隠蔽のためであろうと推測する。

宮下文書によるオリジナル出雲『天獄』は何処に存在していたのだろうか? - セキホツ熊の謎を追え!

玉諸神社盗難も『富士朝』や『玉』の存在が、都合が悪い勢力によるものなのか?。それとも明治期の国家神道に、危機感を持った勢力による御神体の緊急避難なのか?。それとも単に泥棒の換金目的なのだろうか?。

山中2メートルの水晶を個人で盗むのは、いや無理だわな…。

そういえば日月神示にも、現代は『玉』がないと書いてあった…(妄想)。 

まあモロ陰謀論なので、信じるか信じないかは貴方次第。

 

※次回は『神社めぐり』。その『玉諸神社』に行ってきたので紹介する。

 

 

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※地図はクラフトマップ使用。 

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