セキホツ熊の謎を追え!

古史古伝を片手に神社めぐり。古代人の残した偽書に基づく妄想考察。

大室山・伊豆国火之神の誕生秘話。イワナガヒメとコノハナサクヤの姉妹喧嘩に見る真相とは。

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静岡県伊東市『大室山』。標高580mで東京・高尾山と同程度なのだが、たまに妙な雲を集めている。

2019,8,18

前記事より。宮下文書とホツマツタヱを比較していくと、伊豆大神(伊豆山神社)=比売大神イトウ神(宇佐神宮)=イワナガヒメになりうるという記事を書いた。

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神話上イワナガヒメとよく対峙されるのが妹コノハナサクヤ、この二柱の姉妹喧嘩から、富士朝史の真相を垣間見ることができないだろうか…?。

ただコノハナサクヤとイワナガヒメには悲しい伝承があり、全国各地いくつかパターンもあるので注意。さらに共通点を絞れば、八ヶ岳や大室山や雲見浅間神社ともに『富士山を誉めるな!』だ。これらの伝承は姉妹を執拗に対峙させている印象を受ける、そしてタマノオヤの功績は、兄ニニギに奪われた形になる。

…まあどんな神話であれ、ニニギとコノハナサクヤの望んだことではないだろうし、人間が勝手に言っているだけだろう。兄弟と姉妹のねじれ関係、神様とはいえ現在の複雑な心境が伺える。 

まずはこれら各神話を比較してみよう。

※下は宮下文書の家系図。

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 コノハナサクヤとイワナガヒメの姉妹喧嘩パターンとは

・日本書記

おそらくこのパターンが一番有名であろう。

まず皇孫ニニギが、コノハナサクヤに一目惚れする。父親のオオヤマズミ(オオヤマツミ)に娘を嫁にと打診。オオヤマズミは姉イワナガヒメもともに后にすることで了承する。ニニギは美人のコノハナサクヤばかりを可愛がり、イワナガヒメは顔が不細工なので避けていた。ある日イワナガヒメはニニギにこう告げた、『私を選べば岩のような丈夫なお子が生まれたものを、コノハナサクヤの子孫は花のように短命になるでしょう』。それがイワナガヒメの呪いの言葉であり、後世イワナガヒメが祟り神と呼ばれる由縁でもある。因みにニニギの子孫とは歴代天皇のこと、つまり歴代天皇であり人間そのもの、これは人間の寿命が短くなったことそのものを意味する。

 

・ホツマツタヱ24文

熱血ラブストーリー、とてもドラマチックに描かれている。ただ何処となく『シンデレラ』と似て一方的なところがあり、コノハナサクヤは全面的被害者、母親と姉イワナガヒメがかなり性悪に描かれている。

伊豆崎の仮宮にて、ニニギはコノハナサクヤとイワナガヒメを天秤にかけ、コノハナサクヤを娶ることになる。このときコノハナサクヤの母親(名前不明)は、しきりにイワナガヒメを推奨するのだが、物腰が粗悪で容貌が悪いため逆に敬遠される。これに激怒したイワナガヒメと母親が『コノハナサクヤの子は本当のニニギの子ではない、アダ種だ』と吹聴する…。伊勢への道中、この噂に惑わされたニニギは、すでに身籠ったコノハナサクヤを置行堀にし、黙って家臣と帰ってしまう。

取り残されたコノハナサクヤは、富士山を見渡せる裾野に産屋を立て三皇子を出産。産屋に火を放って自殺を図る。その時、何処からともなく『峰の龍』がやってきて産屋に水をかけ、火中の三皇子を避難させた。周囲の人々は火事に気付き、産屋に残されたコノハナサクヤを救出、輿にのせ父オオヤマツミの宮に搬送した。峰の龍は顛末を、伊勢にいるニニギに教え改心させる。富士山に出向きコノハナサクヤに何度も許しを請い、改めて求婚する。

最後はニニギとコノハナサクヤは契りを交わして、ほぼ同時期に神上がる(死んで神になる事)。太陽が上る方角(夏至)、ニニギは最後の赴任先『高千穂峰』に、コノハナサクヤは実家『富士山』に祀られてた。これは富士山高千穂峰レイラインを示していると思われる。

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富士山高千穂峰レイライン上にある静岡県富士宮市『白糸の滝お鬢水』。イワナガヒメ姉妹と謎の竜神が祀られている。

・八ヶ岳(山梨県北杜市と長野県諏訪郡境)

長野県山梨県境にある八ヶ岳にも、富士山と対峙させた伝承があり、昔は八ヶ岳の方が富士山よりも高かったという。それに腹を立てた富士山女神が八ヶ岳をぶん殴り、それで八分割にされたという。一方の八ヶ岳は『男神』と言うことにされているが、現在、山梨県北杜市八ヶ岳権現山頂『檜峰神社』に祀られているのはイワナガヒメである。さらに八ヶ岳山頂から富士を見るときは『富士山を誉めるな』とわれており、イワナガヒメとコノハナサクヤ対峙伝承と混同された可能性はある。

そういえば伊吹山と竹生島(滋賀県琵琶湖)にも、似たような神話があったな。

後述するが、静岡県伊東市『大室山』には、何故か『八ヶ岳地蔵尊』があるのだ。イワナガヒメを祀る大室山と、どういう繋がり何だろうか?。

 

・宮下文書

宮下文書には、イワナガヒメとコノハナサクヤの直接的な絡みはない。しかし二人の視点を変えることができる、唯一貴重な資料なので紹介しておく。

宮下文書曰く『コノハナ』とは『木の花』で少女神のことで、まだ十代前半であったようだ。コノハナサクヤは花のように短い生涯であったが、イワナガヒメも長寿という訳ではなく病死で、伊豆山日金山に埋葬された。

富士王朝ニニギの代に『外寇親征の役』があり、大陸人が九州・四国に攻め入ってきた。ニニギと后コノハナサクヤは、最前線の九州と四国に別れて共に戦う。しかし未だ幼かったコノハナサクヤを心配して、父オオヤマツミと母カモサワヒメが富士山高天原から後を追ってくる。そして船に乗るまえ静岡県三島市付近『三島浜』あたりでカモサワヒメが急死、オオヤマツミは悲嘆に暮れながらも愛娘に会いに『愛媛』へ。そこで偶然コノハナサクヤに再会するも、妻を失った悲しみは癒えず、ほどなく『私は三島へ行くよ(伊予の語源)』と衰弱死する。これが現在の伊予一宮・大山祇神社(愛媛県大三島)で由縁とみる。

何も知らないニニギは久々にコノハナサクヤと再会、彼女の懐妊に驚き、自分の子供か?と疑ってしまう。激怒したコノハナサクヤは、戦場を放棄して、早々と富士高天原に帰還してしまう。

コノハナサクヤにしてみれば両親を亡くし、外祖父コトシロヌシ一家は戦で壊滅状態に近く、パニック状態に陥っていたと推測。彼女は富士高天原に帰還すると、無戸室をたて三皇子を出産、『頼む・頼む・頼む』と三回願掛けをして三皇子を残し立ち去る。自身は富士山高千穂峰中央、『青木が原』の火が吹き出している岩穴(側火口?)目がけて、鹿にまたがり突進して死んだ。彼女の侍女も後追いして火口に飛び込み、殉死する。

そのタイミングで、富士山が大噴火。

溶岩は『神代満流尾』となって、母カモサワヒメの陵墓(現在の三嶋大社)まで流れ止まった。人々はコノハナサクヤが母親を慕い側まで来たのだと伝えた。

高天原はこの騒動に気づき、無戸室の屋根を破壊して三皇子を救出した。この人物がニニギの側臣・天清住命、のちのアメノコヤネ。彼女の死亡地からコノハナサクヤの『霊石』を掘り当てたのがイシコリドメであった。救出された三皇子が、ホデリ、ホスセリ・ヒコホホデミとなる。

ニニギは外寇戦に勝利したものの、妻を失ったショックで衰弱死。家臣コトシロヌシと妻タカテルヒメは、ニニギを元気にしてあげられなかった責を感じ、後追い自殺した。現在でも天皇守護している『宮中八神』としてコトシロヌシが祀られている理由はこれであろう。コトシロヌシは出雲地祇系ではなく天神系、記紀ができるまでは絶大な信仰があったとみる。

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偽書のススメ2 :ニニギや神武は何と戦っていたのか? - セキホツ熊の謎を追え!

伊豆国三嶋大社・加茂澤毘女にトコトコついてくる瀬織津姫の不思議①。 - セキホツ熊の謎を追え!

伊豆国三嶋大社・加茂澤毘女にトコトコついてくる瀬織津姫の不思議②。 - セキホツ熊の謎を追え!

 

ニニギ亡きあと、弟タマノオヤの戦後処理を兼ねた『西征』がスタートする。

タマノオヤはイワナガヒメを娶り、ウサミを生む。ウサミの子がクマノクスコである。

記紀の『天孫降臨』とはこのニニギとタマノオヤの武力行動を一つにして、後世の渡来系勢力を刺激しないように『国土開発』神話にすり替えたようだ。結果、天孫として選ばれたのがニニギであり、タマノオヤはあくまで従者『五伴緒』とされた。

余談だが。最近、宮下文書には登場しない『ニギハヤヒ天孫降臨』神話とは、このタマノオヤの要素も内包しているのではないかと思うようになった。ニニギの兄弟として語られ、どことなくニニギ天孫降臨神話とは別系統の印象も受ける。ただし、ホツマツタヱにおいては神武天皇の時代の人物でもあり、様々な神話要素を寄せ合わせている印象も受けるので注意。

10代祟神~12代景行天皇の代に渡来系勢力の立場が逆転すると、腹いせにタマノオヤと妃イワナガヒメの痕跡は消されていく。これがホツマツタヱという改竄書であり、イワナガヒメの前世ヤマタノオロチという悪神を産んだ。ここからタマノオヤこそが『八幡神』ではないかという推論に繋がる。 現代ではニニギとコノハナサクヤの歴史が残り、タマノオヤとイワナガヒメの歴史が曖昧にされている。事実上の封印である。

※因みにスサノオとオオクニヌシ子孫は、中国地方で渡来系勢力を監視していて乗っ取られた勢力ということになる。

 

歴史をめちゃくちゃにされた伊豆国…、大室山の新しい歴史。

伊豆は火山の国、その象徴『大室山』(静岡県伊東市)は4000年~5000年前に噴火した比較的新しい火山である。宮下文書ではコノハナサクヤやイワナガヒメが活躍していた時代をおよそ4000年~5000年前と推定される。但し、コノハナサクヤ死後に三島まで流れた『神代満流尾』は一万年前(一般的には氷河期と呼ばれる)の痕跡であり、姉妹の生きた年代特定は難しい。

大室山は、現在の『イワナガヒメ』信仰の本拠地といっても過言ではない。これだけ盛大にイワナガヒメを単一祀る地域を、私は知らない。大室山の東麓に、ポツンと鳥居だけが存在しているが、これは大室山自体を御神体にしていることを意味する。山頂の『大室山浅間神社』の歴史は比較的新しく、女人禁制の神仏習合の影響が強かったようだ。もともとは江戸時代の『富士講』が富士山遥拝所として利用していたようだが、現在は全国的にも珍しいイワナガヒメ主祭神の浅間神社へと変遷した。伊豆では、イワナガヒメを祀る浅間神社は、このほかに賀茂郡松崎町『雲見浅間神社』がある。

一般的に浅間神社は、富士神コノハナサクヤを祀る神社であり、宮下文書においては『先現(せんげん)』、つまり富士先住民信仰の象徴となる。伊豆国は伊豆大神イワナガヒメを『先現』とみなしてきたのだろう。

また太平洋側には『八ヶ岳地蔵尊』と呼ばれる八体の地蔵がある。漁師たちが海上安全を祈願したとのことだが、…なんで『八ヶ岳』なのだろうか?。奇しくも、前述した八ヶ岳権現岳には『檜峰神社』があり、御祭神はイワナガヒメなのだが。しかも富士山お越えて山梨県長野県境に八ヶ岳があり、レイラインに近い方角となる。まあ私にとっては、御世辞にもレイラインとは言えない程のズレだが(苦笑)…。これも『八』という文字が含まれており、ニニギやタマノオヤら八王子権現となにか関係があるのだろうか?。

写真の八体は、昭和59年に寄贈されたもの。オリジナル地蔵は背後のコンクリート箱に安置されている。風化による損傷が酷いので作り替えられたとのこと。

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大室山は毎年二月第二日曜日、観光客らを交えて『山焼き』をする習わしがある。大室山浅間神社の社殿は、カルデラ内壁に横穴シェルター状、コンクリート製なので焼失することはまずない。その結果、草木が焼かれ一年生の草木に覆われ、山の形状はミニチュア富士というか…、巨大富士塚のような形状を保っていられるわけだ。恰も、富士山への対抗意識を燃やしているようにもみえる(笑)。

リフト乗り場で貰える由緒書きを要約すると。

…イワナガヒメとコノハナサクヤは仲良し姉妹であった。二人でニニギに嫁いだが、ニニギはコノハナサクヤばかり可愛がり、イワナガヒメは妹の幸せのために我慢していた。ニニギはイワナガヒメの容姿が気に入らないので実家に返した。ところがイワナガヒメはすでにニニギの子供を懐妊していてた。彼女は大室山に産屋を立てて火をつけ『火の神三柱』を産んだ。 

…心なしか、地元の大女神であるからか、他文献に比べると同情的だ。

 

 

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伊豆山~大室山繋ぐイワナガヒメ伝承。 『ムスビ』とはなんだ?。

さて、気になるのは大室山由緒書き『火之神三柱』。宮下文書におけるタマノオヤとイワナガヒメ御子は、最低でも三子確認できる。これはコノハナサクヤのヒコホホデミら火に因む三皇子と対峙させているのだろうか?。

 

~宮下文書によると、イワナガヒメ三子~

・宇佐見命

・不明???

・国玉毘女命(天太眞祖命三女・イシコリドメ息子の大力雄命妻)


火之神…なるほどホムスビか。伊豆国・火牟須比命神社論社ともいわれる伊豆山神社には2014年前後までホムスビ・イザナギ・イザナミが祀られていた。今回、その意味がわかったような気もする。

ホムスビとは一般的にカグツチ、ヒノカグツチの別名とされるのだが、伊豆国では例外的に、イワナガヒメの息子ウサミのことと考えてよいのか?。それとも『湯河原火山』『多賀火山』『宇佐美火山』の三火山のことだろうか?。宇佐美火山は100万~50万年前の火山、大室山に比べてもかなり古く、熱海市伊豆山方面から伊東市まで火山帯で繋がることになる。

前記事伊豆山神社で私が『ムスビ』って何だ?…、といったことを覚えているだろうか。

火牟須比、牟須比峯、結(ムスブ)明神。伊豆山の『ムスビ』とは何だろう?。また京都府左京区鞍馬貴船町『貴船神社』の『結社(ゆいのやしろ)』にもイワナガヒメが祀られている。イワナガヒメにとって『結(ムスビ)』とは?。

イワナガヒメ別名は『苔牟須売神(コケムスヒメ)』、或いは『古計牟須姫命』ともいう。『苔生す』の『生す』は自然発生と持続性のことばで、神道においての重要な観点という。『産霊(ムスビあるいはムスヒ)』とは『産霊』『産巣日』『産魂』、言葉通り神を生み出す力である。天皇守護の宮中八神のうち五柱に『ムスビ』がつく、ムスビの神として霊魂に関わるという。タカミムスビとカミムスビは皇祖として有名だ。

イザナミから生まれたワクムスビも、その身体から『五穀』『蚕』を生んでいる。そのうえ古事記では豊受比売を生んだ。

ホムスビとは日本書記表記『火産霊』、カグツチと同一視される。イザナギの体を焼き尽くしたが、その血や死体から数多くの神々を誕生させている。カグツチの血液から8柱、死体から山津見神8柱生まれた。

ではイワナガヒメは、何を連続的に『誕生』させたのだろうか?。

…私は信仰だと思う。

宇佐神宮・玉祖神社・日前神宮・熊野三社・伊豆山神社・来宮神社、一般的にこれらは別々の信仰と思われているが、宮下文書論拠ではイワナガヒメ子孫が作った連鎖的信仰である。これらの信仰は歴史改竄と共に、互いの関連性を縁切られてきた。後世のイワナガヒメ信者は、点在した信仰の鎮魂、或いは再結合を祈ったのではないか?。それが伊豆山『結明神』であり、貴船神社『結社』であろう(妄想)。 

 

 

また火山国の伊豆の歴史において、しばしば火と海は『結』、ムスビ信仰となる。火は夜の航海を支える目印、対岸に火を灯すことで航路が拓ける。

5代孝昭天皇の時代、日向国から初島に漂着した『初木姫』も、焚き火を目印に伊豆山まで海を渡り、『伊豆山彦』との縁を結んだ。

また別の時代の初島の少女『お初』。彼女は熱海の若者『右近』に恋をしていた。右近の実家はお初に、100夜通えば右近の嫁にすると口約束、夜な夜な小舟で右近の家の火を頼りに海を渡って来たという。九十九日目、もともとお初に片思いしていた別の男に、その灯は消され、お初は暗中模索の上、溺死してしまったという。

このように、ある意味ホムスビとは、伊豆山神社の歴史にマッチしていた神様かもしれない。

静岡県伊東市富戸にある三島神社には不漁の際は火をおこし一週間籠り祈願する『参籠石』伝承がある。そういえば八幡宮来宮神社にも摂社・火焚神社があったな。伊豆では火が人と人を『ムスビ』『ムスブ』架け橋となりうる。

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※因みに宮下文書でホノカグツチは、ウイジニの御子、ツクヨミの妃である月桜田比売の兄である。

※因みに余談だが、コケムスヒメが祀られているが福岡県糸島市『若宮神社』。さらにこの糸島市は魏志倭人伝比定『伊都国』ともいわれる。イト…ウ(笑)。

※因みに。古事記に登場するスサノオの子ヤシマジヌミノカミ(八島士奴美神)の妃コノハナチルヒメ。正体はイワナガヒメという…。するとヤシマジヌミノカミ=タマノオヤ比定と考えられないだろうか?(妄想)。宮下文書ではタマノオヤはスサノオ孫にあたる。一般的にヤシマジヌミノカミはよくオオクニヌシと比定される。宮下文書ではヤシマジヌミノカミは登場せず、オオクニヌシとスサノオは『はとこ』同士である。

日金山宇佐神宮レイライン近く、静岡県田方郡函南町『八島手神社(矢嶋手神社?)』にヤシマジヌミノカミが祀られている。コノハナチルヒメは大室山近くの静岡県伊東市『小室山』の『小室神社』の御祭神である。つまり同じ伊東市内の大室山と小室山は御祭神が同一神ということになる。

宮下文書によるオリジナル出雲『天獄』は何処に存在していたのだろうか? - セキホツ熊の謎を追え!

 

 

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雲見浅間神社のイワナガヒメ伝承。

イワナガヒメの神社として有名な、『雲見浅間神社』も紹介しておく。こちらもイワナガヒメをメインにした浅間神社である。創建年代不詳、延喜式『伊波乃比め命神社』論社。大室山と比べると、神社としての歴史はこちらのほうが長い。

雲見浅間神社の伝承によると、ニニギから家に還されたイワナガヒメが悲嘆に暮れて隠れ住んだ場所。妹コノハナサクヤは、富士山から姉のいるこの烏帽子山を心配で背伸びをして覗いていた、故に富士山は高く美しくなったという。ここでもコノハナサクヤは美しいが短命。イワナガヒメは不細工だが長寿という伝承を残した。

また富士山を褒めるどころか、不作を招くとして、『富士山』という言葉自体が禁句とされていた時代もあった。さらには、烏帽子山から富士山を誉めると海に落とされるという。そして大室山同様に、かつて烏帽子山奥宮も女人禁制だったという。

※因みに。京都府鞍馬の『貴船神社』には、ニニギに追放されたイワナガヒメが『貴船神社・結社(ゆいのやしろ)』に閉じ籠ったという伝承がある。このような追放・幽閉伝承がイワナガヒメを祟り神と解釈させていったとみる。
宮下文書によると貴船神社とは、神武東征までに命を落とした海軍将校などを鎮魂した神社であり、海軍ワダツミ八子らが信仰していたイワナガヒメを祀っていたものと推測できる。ココからも宇佐八幡・比売大神イトウ=イワナガヒメであることが推測できる訳だ。

 

~記事おわりに~

神話上の対峙関係には、何かをすり替えている節がある。イワナガヒメとコノハナサクヤ、スサノオとヤマトタケル、スサノオと瀬織津姫、瀬織津姫と九頭竜…。それゆえ、何をどう改竄隠蔽したのか?、嘘を探るヒントにもなると思うのだ。そして『祟り神』と呼ばれる存在には、後世の人々が『可哀そうだ』『理不尽だ』と考える余地が必ず出てくるのが興味深い…。

伊豆国は、『伊須礼伊出佐良場(イスレイデサラバ)』と、クニトコタチとクニサツチ兄弟が東西別れた土地。またオオヤマツミとカモサワヒメとタマノオヤとイワナガヒメの思い出の土地でもある。なのに伊豆の歴史は、本当にめちゃくちゃにされてしまった。

歴史を正すとすれば、まず伊豆半島の人々の認識を変えなければならないのかも…。

あなた方は通説『流刑地』ではなく、スゴイ聖地に住んでいるんですよと……。

伊豆は思い入れもあり、私の大好きな場所だけに気になるところだ。

 

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※地図はクラフトマップ使用。

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